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126: 福島県中通り地域の火葬場 (36)  127: 鳥取中部ふるさと斎場 (12)  128: 前橋市斎場見学会 (41)  129: 最後の桜の園 (45)  130: 西和・中和の火葬場たち (33)  131: 群馬県下仁田の火葬場  (7)  132: 去りゆく伊豆の火葬場 (12)  133: 浦賀火葬場その後 (6)  134: 晩秋の近江路 (35)  135: 伊豆の国市長岡斎場(一部再投稿) (5)  136: 聖典谷塚斎場 (14)  137: 鹿嶋斎苑改修工事中 (5)  138: 削除 (41)  139: 河内の火葬場 (31)  140: 豊後高田市の現状 (14)  141: 伊勢崎市赤城見台公園 (10)  142: 盛岡市火葬場の建て替え開始 (13)  143: 香川県小豆島の火葬場 (8)  144: ○能勢町火葬場 (17)  145: 削除 (34) 

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[126:36] 福島県中通り地域の火葬場
[1] 名前:若潮 :2008/11/04 (火) 00:09 No.1319
1319.jpg (285KB)

http://azuma.s317.xrea.com/upload/cgi-bin/joyful2ch.cgi?mode=res&no=1313
上記スレに掲載の石川地方火葬場新施設訪問と同じ日に、福島県中通り地域の火葬場も何軒か回ってみました。
「中通り」とは、主に阿武隈川沿いとその周辺の地域を指します。

まず、田村郡小野町にある「おの悠苑」。
磐越自動車道小野インターチェンジのすぐ北側の坂道を上がっていきます。


[27] 名前:若潮 :2008/11/05 (水) 18:21 No.1346
1346.jpg (559KB)

高台の火葬場から眺めた、すぐそばを流れる阿武隈川と、その向こうの福島市内です。

左に見える橋は国道114号線の「渡利大橋」で、その左側に見える高い建物は福島県庁となります。


[28] 名前:若潮 :2008/11/05 (水) 21:59 No.1348
1348.jpg (274KB)

次は、伊達郡川俣町の町営火葬場。
奥まった場所ですが、国道349号線のバイパス的な道路沿いに看板があるのですぐに分かります。


[29] 名前:若潮 :2008/11/05 (水) 22:04 No.1349
1349.jpg (321KB)

入口が鎖で塞がれていたので(写真中央付近)中へ入れませんでした。
音無様のレポートの頃は上半分だけだった煙突の補強ですが、現在は全体に及んでおり、煙突が銀ピカになっています。
手前の待合棟に遮られて見えませんが、火葬棟は以前のままだと思われます。


[30] 名前:若潮 :2008/11/07 (金) 01:09 No.1351
1351.jpg (301KB)

次に、白河斎場。
白河市営の火葬場であり、お隣の西郷村と共同となっています。

以上、ここまでがhttp://azuma.s317.xrea.com/upload/cgi-bin/joyful2ch.cgi?mode=res&no=1313と同日に巡った火葬場です。
正直、田村市斎場以外は既に何らかの形で音無様がレポートされている物件ばかりであり、行動力に驚かされるばかりでした。


[31] 名前:東博君★ :2008/11/15 (土) 00:21 No.1365
そう言われれば、三重県や岐阜県なども比較的土葬が多い地域です。
同時に、三昧も多い地域でもあります。

葬送文化の伝統が残っている地域という事なのかも。


[32] 名前:若潮 :2009/02/11 (水) 22:22 No.1532
1532.jpg (345KB)

福島県中通り地区の某火葬場跡地。
写真の道路左側に火葬場がありました。
現在は、同じ町内の全く別の場所に新火葬場が出来ています。


[33] 名前:若潮 :2009/02/11 (水) 22:25 No.1533
1533.jpg (428KB)

跡地内。
奥の草生した部分に建物が、手前に駐車場がありました。


[34] 名前:若潮 :2009/02/11 (水) 22:28 No.1534
1534.jpg (331KB)

火葬場へは、緩やかな坂道でした。
尚この場所は、隣接自治体との境に近い場所です。


[35] 名前:若潮 :2009/02/11 (水) 22:33 No.1535
1535.jpg (96KB)

福島県中通り地区の某火葬場跡地その2。
新幹線からも見える場所ですので、写真全体にボカシを入れさせていただきます。まあ、これでも分かる人には分かるか・・・。

道路にピント合わせされていますが、ミスではありません。


[36] 名前:若潮 :2009/02/11 (水) 22:40 No.1536
1536.jpg (77KB)

No.1535の道路は火葬場の現役当時にはなく、1本南側の道路の写真の場所付近に火葬場の正門がありました。

尚ここも、新火葬場は同一市内の全く別の場所にあります。



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[127:12] 鳥取中部ふるさと斎場
[1] 名前:東博君★ :2013/04/15 (月) 23:34 No.3843
3843.jpg (127KB)

鳥取中部ふるさと斎場に行かれた方がいらっしゃいましたら、こちらのスレッドをご利用下さい。

[3] 名前:東博君★ :2013/04/15 (月) 23:37 No.3845
3845.jpg (40KB)

旧斎場の化粧扉には鍵がありました。
昔は鍵を喪主に預けていた所も多く、火葬炉の鍵と言うと凄く重いようなイメージがありました。
が、、よく見ると自宅の鍵と同じでMIWAの刻印がありました。

また別途レポートします。


[4] 名前:東博君★ :2013/04/16 (火) 17:57 No.3846
3846.jpg (131KB)

新斎場をもう1枚。
告別室には椅子が並べられ装具類も充実していました。


[5] 名前:東博君★ :2013/04/16 (火) 17:59 No.3847
3847.jpg (145KB)

こちらは旧斎場の告別室。
この告別室は撮影段階ではもう使われる事はありませんので、装具類は片付けられていて普段より殺風景になっているのかも知れません。
新斎場の告別室は、この告別室のスタイルを踏襲したもののようですね。


[6] 名前:東博君★ :2013/04/28 (日) 01:03 No.3857
3857.jpg (182KB)

レポート作るのに時間がかかりそうなので簡単に。
旧火葬場です。
右側が火葬棟で昔はこの火葬棟だけだったらしいです。
後に左側の建物が増築されました。
増築部分は、告別室、待合室、事務所があります。
霊柩車は増築部分の車寄せに付けられ(自動車が止まってるところ)、告別室に入ります。


[7] 名前:東博君★ :2013/04/28 (日) 01:04 No.3858
3858.jpg (188KB)

火葬棟の裏側です。
先の写真でも少し見えていますが、ぶった切られた煙突がありました。
無煙化と同時に短煙突化したものでしょうけど、ぶった切り煙突はインパクトがありますね。
煙突の両側にも増設された小屋がありました。
ここには2炉1系統で誘引排風機と再燃焼炉があります。
右側の階段のある構造物は霊灰塔です。


[8] 名前:東博君★ :2013/04/28 (日) 01:05 No.3859
3859.jpg (145KB)

炉前ホールです。
炉扉の上にはタイルで描かれた天女の絵がありました。
他の方々の写真で、天女が描かれた炉前が所々あるのは存じていましたが実際に見るのは初めてです。

最初の新火葬場の写真をもう一度ご覧下さい。
車寄せのカーブを描いた屋根は、天女の羽衣をイメージしたものとの事です。


[9] 名前:東博君★ :2013/04/28 (日) 01:06 No.3860
3860.jpg (142KB)

天女の絵の位置がズレてるなと現場で思ったのですが、写真を見返してみると、一番右側の化粧扉周りのタイルが他と少し違う事に気付きました。
確認し忘れたのですが、もしかすると元々は炉は3基で、後で1基増設されたのかも知れません。
3基だったとすると、丁度真ん中に絵があった事になりますね。

旧火葬場に伺ったのは夕刻。
この後、新火葬場にいらっしゃった広域連合の担当者さん方も応援に来られて、引越し作業が行われました。
広域連合直営ですので現場の方も広域連合の職員さんです。
30年近く勤められてたベテランの方ですが4月で退職なさるそうです。
長い間お疲れ様でした。


[10] 名前:東博君★ :2013/04/28 (日) 01:08 No.3861
3861.jpg (141KB)

こちらは新火葬場の炉前ホールです。
炉は4基に予備スペースが1ヶ所で、2室に区切られています。
2室に区切るなら告別室は無しでも良いのではないかとも思ったのですが、旧火葬場の会葬者が席に座ったお別れのスタイルを踏襲するとすると、告別室があった方が良いですね。
実際にそういう考えで告別室を設けたのかどうかは判りません。
天女の羽衣もですが、古い火葬場を見ると、引き継がれているものもあるのだなと思いました。


[11] 名前:東博君★ :2013/04/28 (日) 01:09 No.3862
3862.jpg (140KB)

適度な高さの天井と外光が入る落ち着いた空間です。
個人的には、やたら天井が高く黒く冷たい材質の空間よりは好きです。


[12] 名前:東博君★ :2013/04/28 (日) 01:11 No.3863
3863.jpg (139KB)

こちらは待合のエリア。
待合ホールの横には小さな食堂がありました。
メニューはカレーやラーメンのような簡単なものですが、かなりお手ごろな値段で提供されています。
年間火葬数は1200件余り。
この規模で食事が出来る火葬場は珍しいのではないかと思います。

この日、倉吉市内で夕食を食べてから津山市に向かいました。
津山に向かう途中の道に新火葬場があり夜に通ると、翌日の供用開始の準備をなさっているのか、まだ明かりが煌々と点いていました。
夜景も撮っておけば良かったと今になって後悔。
それにしても、広域連合の方々にはよくして頂いて、遠路伺った甲斐がありました。



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[128:41] 前橋市斎場見学会
[1] 名前:若潮 :2008/08/31 (日) 18:56 No.1077
1077.jpg (166KB)

http://azuma.s317.xrea.com/upload/cgi-bin/joyful2ch.cgi?mode=res&no=998
8月31日現在、上記スレで最も新しい画像の撮影日は8月上旬。つまり、新しい大式場・待合室棟が完成したとはいえ、他の箇所についてはまだ工事が続けられます。

ですが、その大式場・待合室棟に限り本日、一般向け見学会が催されました。
煙突の根元に、その大式場・待合棟の屋根が見えるかと思います。
既に27日に供用開始していますが、日曜日且つ友引である事から、本日行われました。


[32] 名前:若潮 :2010/02/27 (土) 22:39 No.2345
2345.jpg (154KB)

3月中には旧火葬棟の取り壊しが完了します。
新火葬場の見学にばかり気をとられて旧火葬場はこれ1枚しか撮ってませんでした。
もっと撮っときゃよかった(泣)。


[33] 名前:焼場バカ一代 :2010/03/02 (火) 00:20 No.2355
2355.jpg (600KB)

諸先輩方が新斎場について素晴しいレポをされておりますので、僭越乍ら、供用が終わった斎場の出来たばかりの姿を手持ちの資料より上げさせて頂きます。

ここで前橋市斎場の概要を軽く触れます。

供用開始 昭和47年4月1日
火葬炉 10基(内大型炉1基)

煙突は50メートルの高さだそうです。



[34] 名前:焼場バカ一代 :2010/03/02 (火) 00:33 No.2356
2356.jpg (479KB)

折角なのでもう一代前の火葬場も。
明治27年に現在地に火葬場が開設され昭和4年にご覧の建物になりました。
昭和47年に改築される際、かなりの敷地拡張がありました。
翻って今、新斎場建替えに充って現有敷地内でかなり巧く計画されているのに驚嘆します。


[35] 名前:焼場バカ一代 :2010/03/02 (火) 01:11 No.2357
2357.jpg (397KB)

霊柩バスもありました。
焼場も好きだがバスも好きだと云う向きに一枚。
ニッサンです。

新斎場、小生も見学会にお邪魔させて頂きましたが、一往にしてご来場者の方々がかなり好意的に満足されておられる姿が印象的でした。

東博君様が現場の好感触を「風土」なのか、と記述されてますが私見ですが半分群馬県民みたいな小生から申させて頂けば「風土」です。


[36] 名前:若潮 :2013/01/02 (水) 15:35 No.3805
3805.jpg (181KB)

その菊川市の火葬場を昨年暮れに訪れてみましたが・・・デジカメがバッテリー切れになってしまい、仕方なく使い捨てカメラを購入して撮影しました。
天候が優れなかったこともあり薄暗いですが御容赦下さい。

菩薩様同様の位置から撮影。新火葬場はかなり出来上がっていました。
手前に現火葬場、右手に百合切トンネルがあります。


[37] 名前:若潮 :2013/01/02 (水) 15:37 No.3806
3806.jpg (218KB)

新火葬場を裏側から。

[38] 名前:若潮 :2013/01/02 (水) 15:38 No.3807
3807.jpg (138KB)

新火葬場を崖の下から。

[39] 名前:若潮 :2014/01/12 (日) 17:05 No.3984
3984.jpg (211KB)

完成した新しい火葬場。
平成25年末に撮影。
稼働中で、ひっきりなしに霊柩車が到着していましたので堂々とは撮影できず、少し変なアングルですがご容赦下さい。


[40] 名前:若潮 :2014/01/12 (日) 17:07 No.3985
3985.jpg (112KB)

旧火葬場はきれいになくなり、バスの駐車場になっていました。

[41] 名前:若潮 :2014/01/12 (日) 17:15 No.3986
3986.jpg (319KB)

この火葬場だけのために掘削された「百合切(ゆりきり)トンネル」の火葬場側。
火葬場専用トンネルを持つ火葬場は他に、横浜市南部斎場、横須賀市立中央斎場、長南聖苑(千葉県長南町)、横浜市北部斎場がありますが、元祖は昭和50年代前半に完成したこの菊川市の火葬場です。

尚、ここの火葬場では霊柩車到着時、百合切トンネル出口で一時停止し、着棺クラクションを鳴らすことになっているようです。



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[129:45] 最後の桜の園
[1] 名前:かぼたん :2012/04/10 (火) 23:18 No.3528
3528.jpg (2024KB)

ご無沙汰してます、かぼたんです。
先日、花見ついでに旧真玉町火葬場を訪れてみました。大分県内は桜の名所が数多くあるんですが、ここの桜も美しいんですよね。ただ場所が場所だけに人には教えにくいのですが。


[36] 名前:かぼたん :2012/07/23 (月) 12:43 No.3622
3622.jpg (2739KB)

麦畑のあった場所から一枚。4月に撮影したときは麦が青々と成長していたのですが、それも刈り取られています。

[37] 名前:かぼたん :2012/07/23 (月) 12:47 No.3623
3623.jpg (2920KB)

火葬炉につけられていた制御盤が放置されていました。比較的新しいものです。

[38] 名前:かぼたん :2012/07/23 (月) 12:51 No.3624
3624.jpg (2884KB)

業者さんのダンプの荷台には大量の骨壺が。しかもサイズが小さい。
分骨用でしょうか ? それにしても数が多いなぁ~ 。


[39] 名前:かぼたん :2012/07/23 (月) 12:58 No.3625
3625.jpg (2856KB)

工事は7月31日までの予定です。来月には、この場所も更地になります。桜の園は務めを果たし、天に召されていきました。

[40] 名前:かぼたん :2012/07/23 (月) 13:06 No.3626
3626.jpg (2942KB)

おまけ

真玉まで来たんだからということで、少し足をのばして旧香々地火葬場も見てきました。今でも残っています。まだ奇麗ですね。いますぐにでも業務再開できそうです。千部火葬場は取り壊されていませんが荒廃が目立ち始めています。もしかしたら取り壊しが近いのかもしれません。


[41] 名前:かぼたん :2012/08/04 (土) 16:43 No.3632
3632.jpg (2848KB)

工事も終了した8月のある日、真玉を訪れてみました。

[42] 名前:かぼたん :2012/08/04 (土) 16:44 No.3633
3633.jpg (2881KB)

施設のあった場所はコンクリート舗装されています。
残骨塔も撤去されています。


[43] 名前:かぼたん :2012/08/04 (土) 16:48 No.3634
3634.jpg (3265KB)

前施設にあった水道は残っています。
近くにポンプと配電設備があるので井戸水だと思われます。


[44] 名前:かぼたん :2012/08/04 (土) 16:51 No.3635
3635.jpg (3148KB)

桜の切り株のそばにレンガがありました。
表面が焼けただれています。火葬炉の炉材だったのか五徳用だったのかは
わかりません。


[45] 名前:かぼたん :2012/08/04 (土) 16:56 No.3636
3636.jpg (3059KB)

どこまでも青い夏の空と豊前海・・・。

ここに火葬場があった記憶も、時が経つにつれ人々の記憶から消えて
いくのでしょう。



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[130:33] 西和・中和の火葬場たち
[1] 名前:京の骨壺屋 :2011/07/31 (日) 19:01 No.3342
3342.jpg (391KB)

ある日、会社でノートPCに向かっていると、若い女性社員が
女:骨壺屋さん(実際は本名)って暇さえあれば航空写真を見てるけど、地理マニア?
京:そうじゃなくて、鳥になった気分で癒されるんだYO!
女:へぇー、おもしろいですか?
京:微妙だな・・・。
 口が裂けても「ヤキバ探してます。」なんて言えませんよね。
 もっとも口が裂けたら痛くてしゃべれないですが・・・。
 ということで、物件探しに西和〜中和へGO!
 今回は簡単なコメントも添えてみます。


[24] 名前:京の骨壺屋 :2011/07/31 (日) 19:38 No.3365
3365.jpg (523KB)

知りたいことはたくさんあるのですが、
あまりに田舎すぎると、なかなか墓参の方と出会えず、取材ができません。
かといって、盆や彼岸はちょっと・・・。悩ましいところです。
かつては「全国火葬場案内」の掲載物件を確認して歩くのが主流でしたが、
今では、取材対象や価値観が多様化しているようです。
それぞれの方のレポートごとに、それぞれテーマや切り口が異なり、興味深いです。
物件の写真だけでなく、感想、エピソードや考察も拝読したいですね。


[25] 名前:京の骨壺屋 :2011/07/31 (日) 19:43 No.3366
3366.jpg (382KB)

帰りに結崎を通ったので、2本の短煙突で有名な火葬場に立ち寄りました。
台車が引き出されていて、エアコンの室外機が回りっ放しでした。
拾骨後だったのでしょうか?


[26] 名前:京の骨壺屋 :2011/07/31 (日) 19:46 No.3367
3367.jpg (696KB)

いつものことで恐縮ですが、下手なコンデジ写真で失礼しました。
安いし、ポケットにさっと隠せるし、いろいろな隙間から突っ込めて便利なんです。
操作自体が簡単なので、これからもずっとコンデジです。
でも機能が多すぎて骨壺屋にはこれすら満足に使いこなせません。
日本の一大事なのにお気楽なレポートでごめんなさいね。
先輩方のご指導、ご意見、追加投稿等を賜りたく、宜しく御願い申し上げます。


[27] 名前:京の骨壺屋 :2012/05/05 (土) 23:30 No.3567
3567.jpg (177KB)

別のある日、脳天気な女子社員Aが
A:「もうすぐ連休、楽しみですね。骨壺さんは取材に行かないんですか?」
京:「えっ?」
A:「知ってますYO!結構おもしろい趣味ですね。もっと暗いイメージかと思ったら違いますね。
  夜中に探検するのかと思ってました。」
京:「あゎゎゎゎ・・・、な何ですか?」
A:「デジカメの写真、見ちゃいましたYO!」


[28] 名前:京の骨壺屋 :2012/05/05 (土) 23:34 No.3568
3568.jpg (884KB)

京:「うっ、しまったっ!」
A:「その写真、結崎のヤキバ(八ヶ郷)ですよね。ウチのおじいちゃん、そこで焼きましたYO!
  建物の西側にウチの墓があるんですYO!結崎のこと知っててくれて嬉しいどぇーす。」
世間って狭いですね。それを聞きつけたもっと脳天気な女子社員Bが
B:「私の郷里(近畿北東部)にも墓場ごとにまだ残ってますよ。もう使ってませんけど・・・。
  取材に来ます?」
なぜか意外にも一部にバカ受けしてます。当の本人はいたって真剣なんですが。


[29] 名前:京の骨壺屋 :2012/05/05 (土) 23:38 No.3569
3569.jpg (281KB)

というわけで、北へ向うハズだったんですが、
菩薩様のお導きにより急遽プチ南下して「卑弥呼の里」へGO!
ちなみに「卑弥呼の郷」は佐賀県の吉野ヶ里だそうです。
STRADAくんの案内で何の期待もせずにT地区の墓地へ行くと、やはり墓地に煙突は見あたりません。
周囲の煙突は食肉加工場や化製場のものです。


[30] 名前:京の骨壺屋 :2012/05/05 (土) 23:39 No.3570
3570.jpg (458KB)

でも表に回ってみると、怪しい入り口がありますよ。

[31] 名前:京の骨壺屋 :2012/05/05 (土) 23:40 No.3571
3571.jpg (554KB)

おやおや、背中に「変なもの」が張り付いています。こりゃヤキバです。
巧妙に煙突を隠しても私の目はごまかせませんよ。
この「変なもの」、長浜市の南浜火葬場に似てますね。


[32] 名前:京の骨壺屋 :2012/05/05 (土) 23:42 No.3572
3572.jpg (776KB)

ん、市営?
でも、市営火葬場は別の場所にあるし、ここに該当する市の条例も規則も見あたりません。
www.city.sakurai.nara.jp/sakurai-shiki/nittei/pdf/8-shiryo.pdf
の資料28ページの表によると、市営1箇所、それ以外2箇所と説明されています。
自治会、墓郷所有のものといえば、
(1) O地区にある有名なM葬祭店の火葬場
(2) K地区にあるI墓地の火葬場
の2箇所かと思っていましたが、まだあったんですね。
立地から見て明らかに地対法物件ですね。


[33] 名前:京の骨壺屋 :2012/05/05 (土) 23:47 No.3573
3573.jpg (407KB)

灯油炉が2基ですね。
解体された大和郡山市の西田中清浄会館(条例ではこの名称でした。)みたいな位置づけでしょうか?
ここで墓参りのご婦人に
京:「これ、ヤキバですよね。まだ使っているのですか?」
婦:「私は嫁いでずっと前にここを出たのでわからんね。
  ここは墓だけですねん。もう使うてへんのと違うかな?」
コレだけ汚いガラスなので、多分もう使っていないと思われます。
奈良の火葬場の洗い出しは広島や福井ほどではないにしろ、キリがないですね。
行政資料もアテにならないとすればどうしたらよいのでしょうか?
途方に暮れている京の骨壺屋でした。



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