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[76:34] 佐久平斎場見学会
[1] 名前:若潮 :2016/03/29 (火) 13:18 No.4412
4412.jpg (308KB)

長野県佐久地域の新火葬場「佐久平斎場」が完成し、平成28年3月26日に見学会が行われました。
他にも行かれた方がいらっしゃると思いますのでスレは作成しますが、私の撮影した画像は主に新設した下記ブログで公開します。

http://wakashio71.blog.fc2.com/


[25] 名前:元練馬区民 :2016/03/31 (木) 00:43 No.4436
4436.jpg (207KB)

待合室内部です。 40名収容、流し台付きです。

[26] 名前:元練馬区民 :2016/03/31 (木) 00:44 No.4437
4437.jpg (426KB)

ところで、この斎場ではペットの合同火葬も受け付けています。
ペット火葬室は正面玄関から建物外を右側に進んだ先の角近くに
あります。
ペット火葬利用者用駐車場案内です。


[27] 名前:元練馬区民 :2016/03/31 (木) 00:44 No.4438
4438.jpg (344KB)

ペット火葬室入口です。

[28] 名前:元練馬区民 :2016/03/31 (木) 00:52 No.4439
4439.jpg (260KB)

あと屋外には庭園・遊歩道があり、「浅望の杜(せんぼうのもり)」の
愛称が付いています。
1階の7号告別拾骨室の奥から外へ出たところにこのような
案内があります。 なお、2階の7号待合室の奥から外へ出て、
階段を下りて向かうこともできます。


[29] 名前:元練馬区民 :2016/03/31 (木) 00:52 No.4440
4440.jpg (410KB)

ただこの庭園ですが、おそらくは将来この施設の更新の
時期を迎えたら、ここへ新施設を建設し、今回完成した
施設を解体するために確保した場所でしょう。
庭園・遊歩道はこのようになっています。


[30] 名前:元練馬区民 :2016/03/31 (木) 00:53 No.4441
4441.jpg (467KB)

遊歩道から見た浅間山です。

[31] 名前:元練馬区民 :2016/03/31 (木) 00:54 No.4442
4442.jpg (428KB)

庭園奥から見たU字谷と建物裏の状況です。
高い屋根に火葬炉の排気口が見えます。
低い屋根の排気口は自家発電設備のものです。


[32] 名前:元練馬区民 :2016/03/31 (木) 00:55 No.4443
それと画像はありませんが、この斎場には省エネ設備として
太陽光発電と雨水利用の設備があります。


[33] 名前:元練馬区民 :2016/03/31 (木) 00:55 No.4444
4444.jpg (386KB)

それでは、これまで南佐久郡を主たる利用エリアとしていて、
このたび廃止されることとなった『豊里苑』の遠景を
掲載いたします。 苔むした石垣の護岸があることから、
相当古くからの施設と考えられます。 現在の、待合室も
整備された形となったのは、1976(昭和51)年です。
佐久平斎場からは20kmほど南に位置していますので、
今後小海町中心部以南から利用される方にとっては
20kmほど遠くまで火葬に行くことになってしまうわけです。
煙突ですが、どうやら炉からの排気を低い鉄管から吸入する
外気と混合して冷却し、ファンでコンクリート煙突に送って

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

[34] 名前:元練馬区民 :2016/03/31 (木) 01:00 No.4445
また、今回画像はありませんが、佐久広域連合が運営してきて、
このたび廃止されるもう1つの火葬場『高峯苑』について
説明します。 主たる利用エリアは小諸市・佐久市・
北佐久郡で、位置的にはJR小海線/しなの鉄道
小諸駅から7km程度北とはいえ、浅間山中腹の標高
1070mの墓地公園『高峯聖地公園』の一角です
(ちなみに佐久平斎場付近の標高は約700m)。
1970(昭和45)年に完成しました。 それ以前には
臼田地区や野沢地区などに小規模の火葬場があったそうです。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)


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[77:19] 跡地を訪ねて丹波路
[1] 名前:京の骨壺屋 :2010/10/31 (日) 18:07 No.2781
2781.jpg (564KB)

跡地も見たくなり、金欠にもかかわらず一番安いSTRADAくんを購入。早起きして「森・里・街がきらめくふるさと」へGO!
ETCなんてもちろん持っていないので、一般道を安全運転で北上。無料化実験中の京都丹波道路より却って空いています。
STRADAくんの案内で着いた所は、京都市内の建築士さんが設計された火葬場跡です。
旧町誌によると、同対法(地対法)に基づいて昭和50年代に墓地とともに整備された物件です。
ご覧のとおり、既に撤去されています。


[10] 名前:京の骨壺屋 :2010/10/31 (日) 18:34 No.2790
2790.jpg (625KB)

次に向かったのは町内の「新水戸斎場」ですが、
ここだけは実体があり、跡地ではないので、拙稿「京都府南部のサンマイ」に画像を貼っておきました。


[11] 名前:京の骨壺屋 :2010/10/31 (日) 18:37 No.2791
2791.jpg (168KB)

続いて町内の別の火葬場跡を訪ねてみると・・・

[12] 名前:京の骨壺屋 :2010/10/31 (日) 18:42 No.2792
2792.jpg (441KB)

火葬場は携帯電話の中継基地?に変っていました。

[13] 名前:京の骨壺屋 :2010/10/31 (日) 18:45 No.2793
2793.jpg (613KB)

この四角い穴は、ゴミ捨て場と化していますが、炉棟か納骨塔の跡ではないでしょうか?

[14] 名前:京の骨壺屋 :2010/10/31 (日) 18:54 No.2794
2794.jpg (557KB)

もう一箇所、町内に平成16年ごろに解体された斎場があったはずなのですが、
小さな墓地に跡地らしき場所はあったものの、確定するに至りませんでした。また出かけてみることにします。
あまりにも田舎過ぎて、誰にも出会えず、取材ができずに困った京の骨壺屋でした。
つまらない物見遊山レポートになってしまい、済みませんでした。


[15] 名前:京の骨壺屋 :2018/09/02 (日) 18:20 No.5121
5121.jpg (449KB)

8年も経ってやっと分かりました。
毎週、仕事で京都縦貫道を通って日本海側まで走っているのですが、
あるトンネルを抜けると何となく霊感センサーが作動します。
ふと見ると墓地があり、上屋の屋根に何か塞いだ跡があります。
昔の航空写真によると煙突物件があったようです。


[16] 名前:京の骨壺屋 :2018/09/02 (日) 18:21 No.5122
5122.jpg (3071KB)

たまたまその付近に仕事で通ったので、細い道をトラックで失礼。
あ、やっぱりここです。○○共同墓地って表示があります。
ここは隣の集落なのでノーマークでした。


[17] 名前:京の骨壺屋 :2018/09/02 (日) 18:23 No.5123
5123.jpg (442KB)

地面のコンクリートに構築物の跡が・・・。
昔の航空写真をでは上屋はないので、あとから作ったようです。
当時それなりの積雪があったはずですし。


[18] 名前:京の骨壺屋 :2018/09/02 (日) 18:25 No.5124
5124.jpg (602KB)

近くの資材置き場で作業中のご老人に
京「ここ、昔焼き場ありませんでした?」
老「ああ、あったわ。土間コンの跡でわかるやろ。昔はな、村で焼いたわ。」


[19] 名前:京の骨壺屋 :2018/09/02 (日) 18:27 No.5125
5125.jpg (342KB)

天井に煙突の貫通跡が・・・。
除却後に屋根を塞いで梁を追加したようです。
これでやっと楽になれました。この件は完結です。



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[78:4] 岡山市東山斎場の現況
[1] 名前:こいがくぼ :2018/04/22 (日) 14:37 No.5084
5084.jpg (31KB)

岡山市東山斎場は現在改築工事を行い、火葬炉が20炉から14基になります。

墓地の高台から撮影した状況です。


[2] 名前:こいがくぼ :2018/04/22 (日) 14:39 No.5085
5085.jpg (34KB)

工事の看板です。

グーグルマップでも出てきますが、炉メーカーは富士建設工業で、現斎場と同じです。



[3] 名前:こいがくぼ :2018/04/22 (日) 14:43 No.5086
5086.jpg (31KB)

新旧の建物が見える位置からですが、性能の悪い携帯のカメラでこれが精一杯です。

以前に待合室があった場所が転用される形になり、道路の方に火葬炉が設けられます。
現在の建物は改築前の前橋市斎場のような作りで、火葬炉は10炉づつ並べられています。

建物は昭和44年にできたため50年近くになり、以前は煙突があったものの屋上に独特の形をした煙突が並んでいます。


[4] 名前:こいがくぼ :2018/04/22 (日) 14:46 No.5087
5087.jpg (26KB)

この火葬棟以外は壊され、狭い場所に残っています。

観音開き式ではなくエレベーター式ですが、前室はなくこのサイトにあった前橋市のような感じですよね。

この場所で改築されたため14基になりますが、岡山空港の近くに12基で北部斎場が建設されることが決まっています。



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[79:6] 尾道市御調斎場
[1] 名前:こいがくぼ :2018/04/22 (日) 14:24 No.5080
5080.jpg (30KB)

尾道市御調にある斎場です。

1983年に作られ、火葬炉は2炉で手動式の古い台車があります。
クロスロードみつぎから歩いて近いですが、かなり急な坂道を上がった場所にあります。


[2] 名前:こいがくぼ :2018/04/22 (日) 14:28 No.5081
5081.jpg (30KB)

福山市中央斎場

1983年10月に建設され、火葬炉は12炉で富士建設工業製です。前室はありません。

意外と新しいようで前室がない斎場も意外と多いですよね。


[3] 名前:こいがくぼ :2018/04/22 (日) 14:33 No.5082
5082.jpg (33KB)

呉市豊火葬場

意外と新しいようで平成2年に建設されています。
建物内は式場のような大ホールがあり、高くなった部分に火葬炉が2基、その上に待合室という凝った作りをしています。

意外と大長港から近いです。


[4] 名前:こいがくぼ :2018/04/22 (日) 14:35 No.5083
5083.jpg (34KB)

呉市極楽苑

バスの車窓からですが、後付されている部分が気になりますよね。


[5] 名前:東博君◆TKTgvMKYyU :2018/03/31 (土) 01:21 No.5074
これは恥ずかしすぎる。
と思ったら、実施設計は伊東豊雄建築設計事務所なんですね。


[6] 名前:若潮 :2018/04/03 (火) 16:20 No.5075
5075.jpg (276KB)

見学会、平日だというのに凄い人でした。
如何に市民の関心が高いか分かりました。

詳細は「佐久平斎場見学会」スレ[1]のリンクからお願いします。



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[80:99] 焼津市・志太広域/静岡市清水
[1] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 22:11 No.4158
4158.jpg (417KB)

[1〜6:志太広域2015年1月]
ご無沙汰しております。
私が静岡県で再び仕事をするようになって早2年。ここへ来て我が火葬場デビューの地・焼津も、また20km余り東の清水も施設更新の工事が始まりました。
まずは過去に私が投稿した、焼津市は志太広域事務組合斎場の現状から掲載していきます。

敷地の入口から
現火葬棟の前側に囲いが設置され、仮設待合室の工事が行われています。囲いの向こう側は過去の投稿に掲載したとおり、右が火葬棟、中が待合棟、左が式場棟です(ただし現在式場は利用できません)。


[90] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:58 No.5011
5011.jpg (213KB)

さて、1948(昭和23)年の開設から70年めの新装開場ということに
なりましたが、改めてそれ以前に所在した場所をおさらいします。
焼津市といえば漁港が基幹産業の拠点ですが、現在では主力拠点は
新焼津漁港となりました。旧焼津漁港は上屋も解体され、主として近海漁業の
船着き場として使われることとなりました。その旧焼津漁港の一角に、
知る人ぞ知る海鮮料理の「お食事処・かどや」があり、全国からお客さんが来ます。
ここから100m余り船着き場側に焼津町火葬場がありました。
1922(大正11)年、それまで町内に7箇所あった、ほとんど野焼き場の
形態のものに取って代わるものとなりました。何しろ、当時の焼津町は
焼津駅から1km圏内が大雑把な範囲であり、火葬場の立地に適した場所など

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

[91] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 11:00 No.5012
5012.jpg (245KB)

過去には小川漁港付近も砂浜で、その一角に露天火葬場が存在しました。
そこには2本の松があったということです。しかし、当時の小川村としても、
もっと近代的な火葬場を建設するに至りました。
現在の小川公民館の南方ですが、跡地周辺は区画整理が進み、商業地・住宅地と
なりましたので、「この画像の界隈」という婉曲表現にとどめます。
後に町制を経て、1955(昭和30)年に焼津市と合併するのに合わせて
焼津市火葬場に統合され、小川町火葬場は廃止されました。
なお、小川町や東益津村と同時に焼津市と合併した大富村と和田村にも
それぞれ火葬場があり、やはり合併と同時に廃止されたということですが、
現時点で場所の特定に至っておりません。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

[92] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 11:03 No.5013
5013.jpg (559KB)

また、この施設は1975(昭和50)年に「藤枝市火葬場」を統合すべく
炉の増設ならびに葬祭式場の併設を伴う改築を行い、志太広域事務組合の前身、
志太二市二町環境整備組合に移管されるまで焼津市が設置する「焼津市火葬場」でした
(移管当時の二市二町の区域は現在の焼津・藤枝両市を合わせた区域と同じであり、
二町とは「焼津市と合併前の大井川町」と「藤枝市と合併前の岡部町」です)。
その藤枝市火葬場は現在の文学館・郷土博物館の隣接地に1914(大正3)年の
開設から約60年間にわたりありました。
跡地にはプレハブ小屋が建っていますが、やはり周辺は公園・住宅地となりましたので、
丘の下の跡地と上の文学館が入る程度の画像にとどめます。


[93] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 11:09 No.5014
あまり内容の濃くない説明でお恥ずかしいですが、ここまでご覧くださいましてありがとうございました。
ところで、この新火葬場の供用開始に合わせて、この施設の名称が地味に変更されます。
従来は葬祭式場の部分のことを「斎場会館」と呼んでいたのですが、今後は施設全体の名称が「志太広域事務組合斎場会館」となり、部分名称として「火葬場」「葬祭式場」を用いるということです。私個人的には、全体名称はもっと「愛称」めいたものとすべきと考えます。実際に内覧会当日にいらした斎場建設担当の職員の方にも「焼津・藤枝市民からこの施設に相応しい名称を公募して付けるようにしてください」と要望いたしました。いかに設置者が「志太広域事務組合」とはいえ、一般市民・参列者が正確に認知するところではないため正式名称を言っても通じにくく、第一長すぎます(さらに「会館」が付いて改悪)。旧名称の「焼津市火葬場」といったほうが通じやすく言いやすいくらいですが、ただこれでは藤枝市民からすれば恰も組合員外のようだ、と反発を招くこととなります。また、単に「斎場会館」では、両市外から参列される方にはどこの市町のものか判別できません。要するに、名称決定の基準は「市民・利用者目線に立った、単純明快なものでなければならない」のです。まあ、剥げ剥げだった線路沿いの看板は、この「愛称」が付いたらそれで綺麗に塗り直すのが良いでしょう。


[94] 名前:元練馬区民 :2018/02/03 (土) 23:53 No.5018
5018.jpg (283KB)

[94〜99:志太広域2018年2月]
いよいよ新火葬場供用開始にあたり、進入路が変更されることとなり、
それに対応して、「あの看板」が塗り直されました。
南(浜当目集落)側から


[95] 名前:元練馬区民 :2018/02/04 (日) 00:01 No.5019
5019.jpg (294KB)

北(葭岬(よしばな)踏切)側から
国道150号からは、この方向で来ます。
なお前述のとおり、南側は住宅地のため、なるべくこちら側から
来場するように案内されています。
やはり「こちらからは斎場へは入れません」の立て看板は
ここに移されました。


[96] 名前:元練馬区民 :2018/02/04 (日) 00:04 No.5020
5020.jpg (242KB)

再び暫定の入口から
内覧会当日はダートだった建物周囲ですが、ようやく霊柩車の通る部分が
舗装されました。「稼働に直接利便性をもたらす」部分から優先して
工事を進めなければならない状況から、「その場しのぎ」的な手順に
なるのもやむを得ないといえます。


[97] 名前:元練馬区民 :2018/02/04 (日) 00:07 No.5021
5021.jpg (345KB)

動物火葬入口はまだダートである上、火葬場建物と工事柵の間の狭い通路を
歩いて持ち込む形になります。


[98] 名前:元練馬区民 :2018/02/04 (日) 00:08 No.5022
5022.jpg (181KB)

内覧会当日は進入できなかった、通路突き当たりより

[99] 名前:元練馬区民 :2018/02/04 (日) 21:54 No.5023
5023.jpg (241KB)

ガラス戸の外から見た室内です。
焼香台があります。



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