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171: 安謝火葬場跡地 (6)  172: 滋賀県の美しい火葬場 (8)  173: 大阪府泉南市の廃火葬場 (8)  174: 大分県佐伯市蒲江火葬場 (2)  175: 木浜火葬場 (11)  176: 削除 (4)  177: 桧枝岐村火葬場 (6)  178: 阿賀町新斎場 (12)  179: 養父市あさくら斎場 (1)  180: 丹波市の火葬場跡地 (11)  181: 横須賀市浦賀火葬場廃止 (1)  182: 広域飯能斎場 看板のみ (1)  183: 削除 (4)  184: 兵庫県の火葬場 (23)  185: このスレは某ブログと連動しています (2)  186: 大和郡山市西田中火葬場解体 (4)  187: 宍粟市しらぎく苑 (15)  188: 南紀の火葬場を幾つか (9)  189: 輪之内町の三昧たち (49)  190: 桑名市火葬場 (3) 

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[171:6] 安謝火葬場跡地
[1] 名前:文鳥◆.lbuNCho7A :2010/07/12 (月) 02:18 No.2610
2610.jpg (752KB)

仕事で、沖縄へ初上陸してきました。
ヤキバめぐりを試みたんですが結構忙しく、また、参考に菩薩さんのサイト覗いたら、離島以外ほぼコンプリートしてるし…
そこでとりあえず、菩薩さんのサイトの中で「?」がついていた、那覇市の安謝火葬場跡地に行ってみました。



[2] 名前:文鳥◆.lbuNCho7A :2010/07/12 (月) 02:31 No.2611
2611.jpg (737KB)

グーグルマップなどに住所を入れて表示される場所は、この駐車場です。菩薩さんが「解体中」としていた建物は、後方にある住宅です。菩薩さんが行った時にはすでに解体されていたのでしょう。
いずれにしてもここは、港がほど近い、住宅がかなり密集した地域なので驚きました。跡地の両隣は住宅、正面にはコンビニがあります。
初めて沖縄に行って思ったのは、南部から中部にかけて、人口密度が非常に高いということです。広い米軍基地の横に、密集した沖縄の住宅が並ぶ、そんな印象でした。


[3] 名前:東博君★ :2010/07/12 (月) 08:38 No.2612
那覇葬祭会館新館の案内に元安謝火葬場という案内がありますね。
那覇葬祭会館第2の向い側、1枚目の写真でいうと少し後方に那覇葬祭会館新館があるみたいです。
1枚目の写真右端に写ってる駐車場が葬祭会館の駐車場ですので、その駐車場から葬祭会館辺りに火葬場があったんじゃないでしょうか。


[4] 名前:東博君★ :2010/07/12 (月) 21:43 No.2614
2614.jpg (109KB)

1977年の航空写真とgoogleの航空写真を併せて見てみました。
googleの写真に角度を合わて、当時と同じ目標を赤い線で結ぶと、
赤矢印の場所が現在の葬祭会館と思われます。

googleの航空写真
http://maps.google.co.jp/maps?f=q&source=s_q&hl=ja&geocode=&q=%E6%B2%96%E7%B8%84%E7%9C%8C%E9%82%A3%E8%A6%87%E5%B8%82%E5%A4%A9%E4%B9%851192&sll=36.5626,136.362305&sspn=52.573841,89.208984&brcurrent=3,0x34e56bd2da6906ad:0x91b298aa63dcb532,0&ie=UTF8&hq=&hnear=%E6%B2%96%E7%B8%84%E7%9C%8C%E9%82%A3%E8%A6%87%E5%B8%82%E5%A4%A9%E4%B9%85%EF%BC%88%E5%AD%97%EF%BC%89+%EF%BC%91%EF%BC%91%EF%BC%99%EF%BC%92&ll=26.237853,127.68281&spn=0.002786,0.002961&t=k&z=18


[5] 名前:東博君★ :2010/07/12 (月) 21:44 No.2615
2615.jpg (29KB)

葬祭会館のある場所の1977年の航空写真を拡大してみました。
画像上方の建物(googleの検索結果の場所)は火葬場とは思われませんので、やはり葬祭会館の辺りが火葬場だったと見て良いのではないでしょうか。

地図サイトには登録されていない番地も多く有ります。
googleは、番地が完全一致しない時は、登録している近い番地を検索結果として表示します。
それで違う場所が表示されたんだと思います。


[6] 名前:文鳥◆.lbuNCho7A :2010/07/13 (火) 01:24 No.2616
2616.jpg (773KB)

もう一枚
これが葬祭会館方面を見た写真です。家を挟んで向こう側が葬祭会館です。
航空写真を見ると、確かに奥の駐車場のあたりが跡地のようですね。



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[172:8] 滋賀県の美しい火葬場
[1] 名前:taiyoo :2010/05/19 (水) 16:01 No.2511
2511.jpg (393KB)

以前、木浜火葬場が話題に登っていましたが、滋賀県内には他にも趣のある火葬場(三昧?)が存在します。現役かどうかは確認できていませんが、状態は良好です。
美しい庭園の向こうにレンガの煙突が見えます。


[2] 名前:taiyoo :2010/05/19 (水) 16:04 No.2512
2512.jpg (307KB)

引導場が見えます

[3] 名前:taiyoo :2010/05/19 (水) 16:06 No.2513
2513.jpg (292KB)

火葬棟もレンガ製です。

[4] 名前:taiyoo :2010/05/19 (水) 16:08 No.2514
2514.jpg (243KB)

あまりの美しさに暫し呆然。

[5] 名前:taiyoo :2010/05/19 (水) 16:09 No.2515
2515.jpg (317KB)

扉の装飾にも手が込んでいます。

[6] 名前:taiyoo :2010/05/19 (水) 16:16 No.2516
2516.jpg (215KB)

佇まいは小柄ですが。現代の火葬場が持ち得ない重厚感を漂わせています。

[7] 名前:東博君★ :2010/05/19 (水) 21:23 No.2517
2517.jpg (166KB)

小田刈墓地火葬場。
1894年(明治27年)に建てられたという事で、現存する火葬場では最古の部類になるのではないでしょうか。
もう、これは文化財レベルですね。

元々は薪炉が3基、近年になって灯油炉1基にしたようです。
使用頻度は著しく低いようですが現役の火葬場です。
他に詳しい方がいらっしゃいますが、ここも地元の篤志家の方の尽力で建てられたそうです。

以前に行った時は、煙突にツタが絡まり、これはこれで美しい姿でした。


[8] 名前:taiyoo :2010/05/20 (木) 19:17 No.2518
詳細なご教示ありがとうございます。

建物の風化の少なさからして戦後の物件ではと勝手に想像していましたが、まさか百年以上前の建物であるとは驚きです。
地元の方々の尽力によって美しく維持管理されているのでしょう。煙突のツタが無くなっているところを見ると、現在も適宜手入れがなされている様ですね。
歴史的遺産として末永く存在することを願います。



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[173:8] 大阪府泉南市の廃火葬場
[1] 名前:たか :2010/05/16 (日) 20:08 No.2496
2496.jpg (547KB)

これは地元を自転車で徘徊中に、偶然発見した廃火葬場(三昧に分類されるかも)です。
地元では2箇所の火葬場が稼動していて、両方とも煙突式ですが、統合の予定がありますので、未訪問の方は今のうちに、行動されますことをお勧めします。


[2] 名前:たか :2010/05/16 (日) 20:09 No.2497
2497.jpg (546KB)

近づいてみます。

[3] 名前:たか :2010/05/16 (日) 20:10 No.2498
2498.jpg (537KB)

堂々と置かれているのも、(元)火葬場の証拠です。

[4] 名前:たか :2010/05/16 (日) 20:12 No.2499
2499.jpg (514KB)

炉の扉が開いています。
中をご覧になる方は、そのままスクロールして下さい。


[5] 名前:たか :2010/05/16 (日) 20:13 No.2500
2500.jpg (489KB)

物を置くには、丁度いいですからね。

[6] 名前:たか :2010/05/16 (日) 20:14 No.2501
2501.jpg (489KB)

煙を煙突に逃がす道です。

[7] 名前:たか :2010/05/16 (日) 20:15 No.2502
2502.jpg (456KB)

煉瓦積みの煙突は、今でも立派に建っています。

[8] 名前:たか :2010/05/16 (日) 20:16 No.2503
2503.jpg (385KB)

拝見したあと外に出ると、火葬場の屋根上に、猫が
乗っかっていました。

以上、拙い文面で失礼しました。



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[174:2] 大分県佐伯市蒲江火葬場
[1] 名前:かぼたん :2010/05/02 (日) 18:14 No.2473
2473.jpg (118KB)

菩薩様が本匠火葬場と来ましたら、私は蒲江火葬場を少々。
数年前に所用で蒲江町(現 佐伯市蒲江)に立ち寄ったついでに撮影したので枚数も2枚だけしかありません、ご勘弁。
蒲江の施設も新しく建て替えられていましたね。先代もほぼ同じ場所にあったと思います
施設右側に渡り廊下のようなものが見えます。
この右端に画像には写っていませんが慰霊塔(残骨置き場)があります。施設と慰霊塔が屋根付き渡り廊下でつながっているのも珍しい。


[2] 名前:かぼたん :2010/05/02 (日) 18:24 No.2474
2474.jpg (114KB)

道路沿いの看板。道路を挟んで斜め向かいには蒲江中学校や特老ホームなどがあります。火葬場の隣はゴミ焼却場です。

佐伯市街地から酷道険道を約一時間、蒲江は遠い・・・。



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[175:11] 木浜火葬場
[1] 名前:東博君★ :2010/05/01 (土) 08:05 No.2461
2461.jpg (150KB)

(煙の行方用)

滋賀県守山市の木浜火葬場です。
小さな火葬場ではありますが、名著『火葬場』で紹介されている事から、ご存知の方も多いと思います。
ご存知の方も多い、、、いや、煙の行方の住人の皆様なら全員ご存知ですね。
撮影は2004年9月で、既出のものばかりで恐縮です。


[2] 名前:東博君★ :2010/05/01 (土) 08:06 No.2462
2462.jpg (174KB)

古い火葬場が多く残っている滋賀県で、最古の木造建築の火葬場と言われています。
煉瓦建築ですと明治27年築という所もありますので、ひょっとすると、そちらの方が古い知れません。


[3] 名前:東博君★ :2010/05/01 (土) 08:07 No.2463
2463.jpg (252KB)

火葬炉は、建築当時からのものと思われる薪炉が1基。
煙突は、特に老朽化が激しいです。
使われなくなってから、長い年月が経過しているようです。


[4] 名前:東博君★ :2010/05/01 (土) 08:07 No.2464
2464.jpg (134KB)

あちこち針金で補強がされています。
地域の方達が、自分達で出来るだけの補強をしているような感じです。


[5] 名前:東博君★ :2010/05/01 (土) 08:08 No.2465
2465.jpg (202KB)

古い火葬場が取り壊されないで残っている理由は、色々あるでしょうし一つの理由ではないでしょう。
古くから大切に使ってきたものを残したいという気持ち、篤志の心も伝えたいという気持ちも、その一つではなかと思いました。
加藤登紀子さんのコラムにある、民俗学的な遺産というのは、正にその通りで、郷土の心を伝える大切な遺産でもあると思います。


[6] 名前:かぼたん :2010/04/30 (金) 13:04 No.2455
2455.jpg (42KB)

2枚目

[7] 名前:かぼたん :2010/04/30 (金) 21:09 No.2459
宮本氏のエッセイに「萩の花」というのがあります。
昭和21年(1946)10月、宮本氏が生まれたばかりの次男を生後50日で失ったときのものです。(『宮本常一著作集第六巻 家郷の訓・愛情は子供と共に』所蔵)
宮本氏が次男の発病を知ったのは旅先でのことでした。
「家にかえったのは五日の夕方四時頃であった。表の間には枕蚊帳が張ってあった。入口を入ると、子の母は「まア」と言ったきり何も言わなかった。私はすぐ靴をぬぎ、座敷に上って蚊帳をとった。
 子の頭は湿布で包まれており、顔は真赤で、はれてつぶれそうになった右の目には目脂がいっぱいたまっていた。日ごと夜ごと泣いたのであろう。左目をかすかにあけて天井を見ていた。私はせきあげてくるものをおさえきれなかった」



[8] 名前:かぼたん :2010/04/30 (金) 21:28 No.2460
続き

宮本氏は山の墓地にある牛荒神に参り、あたりに咲いている萩の花を一枝折って供え、また旅に出かけていきます。
しかし一週間もたたないうちに、我が子の死を知らせる電報が・・・
 帰宅したときは、ちょうど葬式の準備中。白い布をとり、水のように冷たくなった我が子の額に手をあてて、しばらく声をしのばせ父は泣きます。
「日がおちてから家の者たちと火屋を拝みに行った。火葬場は野天に掘った穴であって建物も何もない。そこで夕飯の後に死骸の焼け具合を見に行くのを例としており、これを火屋を拝みに行くと言った。もう暮れてしまって、西の空には明星がかがやいていた。火屋の近くに来てもあたりにうつろう火影は見えなかった。たいていの場合であれば、火が周囲の松を明るく照らしているものである。
 焼けなかったのであろうかと思って近よってみると、もう燃えおちてしまって今は内臓のあたりの燃えるらしい音がきこえた。
・・・子の母は穴のふちにつかまって火の色を見つつ泣いていた」

宮本常一氏の出身地はこの東和町なのですが、「萩の花」に出てくる

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

[9] 名前:削除 :削除 No.2467
火葬塚

[10] 名前:削除 :削除 No.2468
火葬塚

[11] 名前:かぼたん :2010/05/02 (日) 17:33 No.2471
菩薩様お久しぶりです、かぼたんです。さすがに鋭い勘をお持ちで。
確かに海岸線は宮本氏の写真とよく似ているような感じですね。
ちりとりも比較的新しいタイプのようです。
周防大島は私も行ってみたいんですけど
なかなか時間が取れなくて・・・。



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