[32:17] 土葬も火葬も?
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名前:京の骨壺屋
:2023/09/14 (木) 22:16 No.6086
久しぶりの投稿です。目新しい物件ではありません。 航空写真では通路の西側が埋め墓、東側が詣り墓という両墓制の土葬墓地に見えるのですが 奥の方に火葬場の煙突の影があり理解不能です。 確認のためほぼ10年ぶりに取材に出てみました。 機材は当時のまま。今どきコンデジを使う人なんて見ませんね。液晶表示が僅かに黄ばんできています。
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名前:京の骨壺屋
:2023/09/14 (木) 22:30 No.6093
煙道の様子から直上型の再燃炉が付いているのかも知れません。
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名前:京の骨壺屋
:2023/09/14 (木) 22:31 No.6094
おや、燃料タンクの油量ゲージが破損しています。
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名前:京の骨壺屋
:2023/09/14 (木) 22:32 No.6095
残骨灰収蔵庫も立派ですね。
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名前:京の骨壺屋
:2023/09/14 (木) 22:35 No.6096
付近で運良く農作業中のご主人に出会いました。 京「こんにちは。今墓地を拝見したのですが今でも土葬をされているのですか?」 主「あー、もうしていません。昔は(座棺を)埋めていたようですが、平成からは一件もしていません。 西側の木の墓標の下には小さな骨壺が埋まっています。後に石塔墓に移すようなことは無いです。 墓地の利用者は浄土真宗と浄土宗が半々くらいですね。」 京「土葬が廃れたのは葬儀に何日もかけられないからでしょうか?」 主「そうです。農業だけでは生活できないので皆が働きに出た結果です。 今は町立斎場へ行きます。隣組は今でも健在ですが。」
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名前:京の骨壺屋
:2023/09/14 (木) 22:36 No.6097
HPの規約は「埋葬」と「埋蔵」が混同されており 墓埋法でいうところの埋葬(=土葬)ではなく、今となっては焼骨の「埋蔵」ですね。
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名前:京の骨壺屋
:2023/09/14 (木) 22:39 No.6098
京「では火葬場は今でも使われていますか?」 主「もう何十年も使っていませんよ。昭和63年に母が亡くなりましたが その頃でも町営斎場(京注:昭和58 年建設)に行きました。 実はね、この墓地の火葬場はもう3代目なんです。昔は隣組で焼いていたと聞いています。 門徒さんは本山に納める分もあるので2〜3個の骨壺に分けて入れますね。」 骨壺屋自身も墓地の奥付近の山中を探しましたが先代施設と思われる場所は発見できませんでした。 町営斎場にほど近い場所でも自治会管理の火葬場が残っているんですね。 自治体が解体費用の補助をするケースも多々あるのですが。
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名前:京の骨壺屋
:2023/09/14 (木) 22:48 No.6099
- 管理規約へのリンクを貼るとエラーが出るので
奈良県吉野郡大淀町の佐名伝自治会百合尾墓地で検索して下さい。 梨の名産地です。
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名前:東博君
:2023/10/09 (月) 01:45 No.6106
- 凄い墓地ですね。
奈良では埋め墓と詣り墓が隣り合った両墓制の墓地は多いですが、更に火葬場まであるとは。 奈良市でも、地元の方は石塔墓という言い方をします。
その奈良市の山間部で、埋火葬文化の講演をする事になりました。 東博君よりも京の骨壺屋さんがやる方が良い気もしますが。 1つの事例として、この墓地の話をしようかなと思います。 行ってみたいのですが、もし行けなかったら、講演の時に写真を使わせて頂けないでしょうか。
奈良市の山間部、、、そこは10年ほど土葬は行われていません。 (省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
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名前:京の骨壺屋
:2023/10/20 (金) 08:28 No.6107
- コメントありがとうございます。
もう講演はお済みになったと思いますが、問い合わせ無用でご自由にお使い下さい。 事情を伺ったご主人の話ではこの地区に郷土史研究家が居られて 実は「その方を紹介しましょうか?」と申し出て下さったのですが 仕事の時間もあり、今回は辞退しました。 トンネルの手前に駐車スペースがあります。 実際は浄土さんが西側、門徒さんが東側といった利用区分ではないかと思います。 大阪府交野市の共同墓地で骨壺を埋めて木の墓標を立てた記憶があります。
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名前:東博君
:2023/10/21 (土) 18:37 No.6109
- 京の骨壺屋さん
ありがとうございます、 27日なので必死に準備しているところです。 講演時間は1時間半と長いので、すっごく助かります。 来られる方は埋葬のプロ集団ですので、ご自身の経験を後の世代に語り継ぐ切欠になると良いなと思います。
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