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焼津市・志太広域/静岡市清水

[1] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 22:11 No.4158
4158.jpg (417KB)

[1〜6:志太広域2015年1月]
ご無沙汰しております。
私が静岡県で再び仕事をするようになって早2年。ここへ来て我が火葬場デビューの地・焼津も、また20km余り東の清水も施設更新の工事が始まりました。
まずは過去に私が投稿した、焼津市は志太広域事務組合斎場の現状から掲載していきます。

敷地の入口から
現火葬棟の前側に囲いが設置され、仮設待合室の工事が行われています。囲いの向こう側は過去の投稿に掲載したとおり、右が火葬棟、中が待合棟、左が式場棟です(ただし現在式場は利用できません)。


[2] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 22:15 No.4159
4159.jpg (370KB)

現式場棟前から仮設待合室を望む
囲いの中はまだ舗装・空調・電気等の工事がもう暫くかかりそうな状況でした。


[3] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 22:46 No.4160
4160.jpg (281KB)

ここで、新施設の配置予定図を見てみましょう。
工事の順序は、
1.現待合棟ならびに式場棟の解体
2.その跡に新火葬棟を建設、火葬炉が運転できる状況とする
3.現火葬棟を解体
4.その跡に新式場棟を建設
となります。


[4] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 22:57 No.4161
4161.jpg (432KB)

工事は現式場棟側から取り掛かります。
工事現場の囲いが設置されました。


[5] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 22:58 No.4162
4162.jpg (319KB)

囲いに掲載された施行業者名です。

[6] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 23:01 No.4163
4163.jpg (407KB)

この中で一部付帯工事も始まりました。
「調整池(B)」のふちの部分ですね。


[7] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 23:09 No.4164
焼津(志太広域)の場合は、基本的に同一敷地内での更新なので、2014年度からの着工にしては、順調といえます。

では、これと好対照な、なかなか工事が進んでいない、静岡市清水斎場の近接地移転整備の状況にいきます。


[8] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 23:23 No.4165
4165.jpg (401KB)

[8〜12:清水2015年1月]
まずは、現施設と新施設の用地の位置関係を見てみましょう。
写真右端に現斎場の表札があり、マイクロバスが止まっている場所が駐車場なのですが、写真中央奥、電柱の広告看板上の盛土の部分の上が新斎場の用地になります。
両敷地の高低差は10mほど、最も近接している部分の距離も100m足らずです。


[9] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 23:34 No.4166
4166.jpg (416KB)

ところが、想定される新斎場アクセス道路は、一旦日本平球技場前から農免道路を経由することとなるので、現斎場のある谷の入口である「船越堤」からの道のりで比べると、新斎場は4kmほども遠くなります。
とりあえず、まだ敷地が造成されただけの、新施設用地の様子です。確かに、富士山も清水港も美しく望める立地ではあります。


[10] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 23:42 No.4167
4167.jpg (244KB)

新斎場用地の隣接地では、(独)農業・食品産業技術総合研究所機構が「果樹研究所圃場」を造成しています。従来から、近隣の急な斜面に蜜柑畑があったのですが、ここは高台平地型の果樹園の形にするようです。

[11] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 23:46 No.4168
4168.jpg (481KB)

この斎場や果樹研究所の用地造成のため、周辺の山の一部を崩し、逆に一部の谷を埋め立てるという、とてつもない工事をしています。これは谷に盛土して、上に高台を無理矢理に作った部分です。

[12] 名前:元練馬区民 :2015/01/01 (木) 23:56 No.4169
4169.jpg (490KB)

ここからの記述は、私個人的には人災であり、天罰であると考える部分です。
先ほど「新旧斎場は近接地なのに、大幅な迂回が必要」と申しましたが、その原因の1つが、新斎場用地南側の谷・砂防ダムの付近で、旧道の路肩決壊や、上部の造成地からと考えられる土砂の流入など、大雨による被害が自然災害以上に発生しているため、その「旧道」が通れないことにあるのです。
正直なところ、「このような方法での開発が妥当なのか」「この場所では斎場完成は大幅な延期と費用の増大が必至ではないか」と考えるところです。
これがその決壊した「旧道」です。


[13] 名前:元練馬区民 :2015/05/03 (日) 14:03 No.4208
4208.jpg (446KB)

[13,14:志太広域2015年3月]
このスレの#1、またそれ以前にも述べた、「再び静岡県で仕事をする」ようになった最大の要因は、実母が難病と認知症を併発しており、要介護となるのも、また何らかの事故を起こすのも時間の問題だったためでした。
その母がこのスレの連載途上で死去いたしました。そして、この目下工事中の志太広域事務組合斎場でまさに荼毘に付している間に撮影いたしました。当日は12件の火葬が行われていました。
実は現火葬棟の、化粧扉も断熱扉も開き、ロストルや受け皿、奥の噴出口などもマル見えの状況そして表から作業されている様子も見ましたが、さすがにそこまでの撮影は自粛いたしました。
施主という立場ながら、少しだけうろついて、外観の現状を撮影いたしましたので、少々日が経ちましたが掲載いたします。
既に仮設待合室6室が供用開始となり、従来の待合棟ならびに式場棟の解体工事がもうすぐ終わるところまで来ていました。

右端が仮設待合棟、その左奥が現火葬棟(まさに母の火葬中)です。


[14] 名前:元練馬区民 :2015/05/03 (日) 14:10 No.4209
4209.jpg (418KB)

火葬棟裏手から見たところです。
火葬棟と囲いの間が動物等受付です。


[15] 名前:元練馬区民 :2016/04/30 (土) 21:24 No.4481
4481.jpg (441KB)

[15〜17:志太広域2016年4月]
志太広域では、前回投稿から1か月ほど経ってから、たいへんなことが起きました。
基礎工事を始めたところ、たまたま降雨により水たまりができた際に気泡が発生していて、
その正体が天然出土のメタンガスであることが判明しました。
2016年4月現在、火葬場の設計の修正を余儀なくされ、建物本体の工事は
完全に暗礁に乗り上げた状態になっています。 当然、ガスが自然発生しても
引火する虞のない構造の火葬場としなければならず、そのため床下のかさ上げと
強制換気が必須になります。 少なくとも1年半の工期の遅れは不可避、つまり
火葬棟がまず完成するのが早くて2017年末の見込みとなってしまいました。
現場全体像ですが、全く手つかずで、用意して使われず錆びてしまった鉄筋があります。


[16] 名前:元練馬区民 :2016/04/30 (土) 21:26 No.4482
4482.jpg (284KB)

工事予定表は、2016年4月現在このとおり完全に空欄です。

[17] 名前:元練馬区民 :2016/04/30 (土) 21:28 No.4483
4483.jpg (462KB)

とりあえず、予定を変更して水路などの工事を前倒しして行っています。

[18] 名前:元練馬区民 :2016/04/30 (土) 21:33 No.4484
4484.jpg (452KB)

[18〜20:清水2016年4月]
前回と全く逆に、2015年1月にはこの先どうなることかといっていた清水斎場は、
なんとか建物が形をなすところまで来ました。
工事中のため遠景のみとなります。


[19] 名前:元練馬区民 :2016/04/30 (土) 21:37 No.4485
4485.jpg (410KB)

現斎場前から見ると、近隣で建設されている様子がほんの部分的に見えます。

[20] 名前:元練馬区民 :2016/04/30 (土) 21:46 No.4486
4486.jpg (384KB)

アクセス道路も、現斎場近隣から分岐する山道のバイパスが建設されています。
現在は未舗装で工事関係者専用道となっていて、一般車は前回投稿前に
崩落した部分を補修した旧道を通ることとなっています。
写真の黄色のセンターラインの道を右の道なりに進むと現斎場、
写真正面・左折分岐側の先に、警備員がいらっしゃいますが、ここが
工事中のバイパスと旧道の分岐点で、その400mほど先右側が新斎場です。


[21] 名前:元練馬区民 :2016/11/01 (火) 01:07 No.4691
4691.jpg (394KB)

[21〜23:志太広域2016年10月]
長い間見合わせとなっていた、志太広域事務組合斎場の火葬棟
本体工事が再開されました。 メタンガス発生対策を念頭とした
修正設計が完了し、追加費用の支出も組合議会承認に至ったためです。
まずは2016年10月上旬の状況ですが、当初の設計よりもかなり
深く掘り下げた位置から基礎が打ちこまれています。


[22] 名前:元練馬区民 :2016/11/01 (火) 01:09 No.4692
4692.jpg (497KB)

同じ2016年10月も下旬になりましたら、このように
鉄筋の工事も進み、合わせて足場も設置されました。


[23] 名前:元練馬区民 :2016/11/01 (火) 01:25 No.4693
4693.jpg (437KB)

足場の全体像です。
なんとかあと1年ほどでまずは新火葬棟を利用できるようにと、
急ピッチの工事となっています。
なお、外構工事の工期の表示板は2020年1月までに
修正されていました。


[24] 名前:元練馬区民 :2016/11/01 (火) 02:27 No.4698
4698.jpg (208KB)

[24〜26:清水2016年10月]
静岡市清水斎場は建物外観はかなり完成形に近づいています。
ただ気になるのが、屋根上に露骨な換気口があることです。
せっかく煙突が見えないように、ということであれば、
「これも何とかならないか」とも思えます。


[25] 名前:元練馬区民 :2016/11/01 (火) 02:29 No.4699
4699.jpg (275KB)

現施設前から見ても、もう風貌ははっきりしています。

[26] 名前:元練馬区民 :2016/11/01 (火) 02:37 No.4700
4700.jpg (279KB)

新斎場とIAIスタジアム方面を連絡する道路の工事も
このように並行して行われています。 この画像は丘の上側から
麓に向かって撮影したものですが、新斎場は道が見えなくなる
(下り勾配が急になるため)手前左の白い囲いの中です。


[27] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:35 No.4935
4935.jpg (310KB)

[27〜63:清水2017年8月]
2017年9月1日、新しい静岡市清水斎場が供用開始の運びとなり、8月25日に内覧会が開催されましたので、行ってきました。 
平日の開催であり、また3時間の限られた時間ということもあり、ご年配の方と葬祭業関係者の方が多かったです。 
改めて場所についてですが、現清水斎場の100m余り南東の丘の上、周辺は農園整備が行われているところです。
門はこのように簡素にまとめられています。


[28] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:36 No.4936
4936.jpg (296KB)

門を入ったところから見た建物の全体像です。
本日は完成記念式典も行われたため、テントや看板もまだ残っています。


[29] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:36 No.4937
4937.jpg (267KB)

本日はそのテントの陰になっていますが、受付事務所が建物手前左端にあります。
ここで火葬受付をして、2か所ある玄関のどちらから火葬場内に入るかの案内に従います。


[30] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:37 No.4938
4938.jpg (324KB)

本日は玄関もこのとおりでした。
「内覧会」の看板の左奥のスペースに、ご遺体を受け入れる台車が待機するように
なっています。


[31] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:38 No.4939
4939.jpg (246KB)

玄関ホールにある館内案内図と

[32] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:38 No.4940
4940.jpg (181KB)

火葬一覧です。

[33] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:38 No.4941
4941.jpg (252KB)

玄関ホールの先は、1号から4号の4つの告別・収骨室に分かれていて、そのそれぞれに
火葬炉が2基ずつ設置されています。その告別・収骨室には2つずつドアがあり、
左の((告別・収骨室の号)×2−1)号炉を使用するときは左のドアのみを開き、
右の((告別・収骨室の号)×2)号炉を使用するときは右のドアのみを開きます。
本日は特別に左右両方のドアが開かれています。


[34] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:39 No.4942
4942.jpg (260KB)

告別・収骨室内部は2基の炉の間に、炉室通路がある形式になっています。
そして、目隠し扉が2枚あり、現に告別・収骨を行っている葬家に関係ない側の炉と
炉室通路の扉を隠すことになっています。


[35] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:40 No.4943
4943.jpg (404KB)

告別・収骨室に入って左側には光庭があり、その壁には苔が生けられています。

[36] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:40 No.4944
4944.jpg (359KB)

苔のアップです。

[37] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:41 No.4945
4945.jpg (232KB)

本日は一部の炉は、化粧扉・断熱扉とも開放され、主燃焼炉内が見える状態で
公開されていました。 通常はもちろん、一般市民の前では断熱扉は開きません。


[38] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:41 No.4946
4946.jpg (260KB)

もう1つ、通常一般市民の前では開かない、炉室通路の扉が開いた状態です。
ここでは火葬終了後「冷却前室」の遺骨を炉室通路でトレイに引き上げ、
遺灰は吸引装置で保管庫へ集めてしまい、そのトレイを告別・収骨室に移動します。
したがって炉内耐火台車を主燃焼炉−冷却前室間以外に出すことは通常ありません。


[39] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:42 No.4947
4947.jpg (256KB)

収骨の際はこのような配置になります。
ところで、「炉内が見える画像」の室内とは照明の色が異なります。
この火葬場では告別室と収骨室を兼用しているわけですが、室内照明にはLEDを
採用し、それを告別の場合は暖色、収骨の場合は白色と使い分ける演出をします。


[40] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:42 No.4948
4948.jpg (280KB)

炉室通路から冷却前室にかけてはこのように、必要な装置や道具が並びます。

[41] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:42 No.4949
4949.jpg (285KB)

炉室です。
太陽築炉製大型火葬炉が8基設置されています。 そのうちの1〜7号炉です。


[42] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:43 No.4950
4950.jpg (237KB)

8号炉の燃料供給管をよく見ると、他の7基と色が微妙に異なります。

[43] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:43 No.4951
4951.jpg (203KB)

実は通常8号炉のみLPガスを使用していて管はレモン色、他は都市ガスを
使用していて管は山吹色です。 その2本の空中配管の並びです。


[44] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:44 No.4952
4952.jpg (221KB)

そして、どちらかが供給停止となってしまった場合のために、配管を切り替えて
1〜7号炉においてもLPガスを使用できるようになっています。
逆に、8号炉で都市ガスを使用することもできます。


[45] 名前:元練馬区民 :2017/08/26 (土) 00:46 No.4953
それでは、待合室エリアに行きます。
正面向かって右側つまり東側になります。


[46] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:35 No.4954
4954.jpg (445KB)

火葬場の玄関は2か所ありましたが、そのさらに右側に待合室への
入口があります。 この入口の右の室外が喫煙所となっています。
待合室部分の外観です。 調整池のすぐ上ですね。


[47] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:35 No.4955
4955.jpg (286KB)

待合室入口を入ったところです。 階段・エレベータのある部分は
屋内吹抜、廊下内側は光庭となっています。


[48] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:36 No.4956
4956.jpg (274KB)

待合室は洋室が8室、つまり炉1基に対して1室となっています。
静岡市は9月から市民の火葬料金を有料化しますが、待合室が別料金には
なっていません(これは従来からも、また市外利用でも同じ)。
これまでの清水斎場には個室がなく待合ホールのみで、静岡・庵原斎場と
比べて「損」だったわけですが、これで解消します。 そして、
「待合予備室」というものがあり、内容は他の1号〜8号待合室と同じです。
大人数での利用の場合を想定しているものだそうですが、
料金設定がないため、実際の運用についてはよくわかりませんでした。
なお、いわゆる「家族葬式場」としての利用はしない方向だそうです。


[49] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:37 No.4957
4957.jpg (312KB)

建物北東端は1・2階ともにラウンジですが、1階は「庭園ラウンジ」、
2階は「喫茶コーナー」となっています。 天気が許せば富士山を
望めますが、本日はだめでした。 [9]の画像のようにはいきませんでした。
眺望です。


[50] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:37 No.4958
4958.jpg (233KB)

喫茶コーナーですが、本日は店舗部分はカーテンが閉じられていました。
手洗台の左の窓の中はキッズルームです。


[51] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:38 No.4959
4959.jpg (246KB)

1・2階それぞれに「静養室」があり、中には簡易ベッドがあります。
気分の悪くなった場合や、乳幼児の昼寝を想定しているようですが、
場所が8号炉の近くです。 炉の燃焼音もかなり静かになってきている
ことから、問題ないということでしょうか。


[52] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:38 No.4960
4960.jpg (266KB)

次に、外回りを見ていきましょう。
まず、待合室裏手ですが、「庭園ラウンジ」の外の庭園にあたる部分です。
しかし、背丈窓となっているものの、床と段差もあり、ここでの室内外の
出入りは想定していないそうです。 喫煙所のところから回ってくる
ことになります。


[53] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:38 No.4961
4961.jpg (256KB)

通常は庭園とはフェンスで仕切られているバックヤードです。
炉室への扉が2つあり、その右手前に残骨灰倉庫の扉があります。


[54] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:39 No.4962
4962.jpg (393KB)

都市ガスメーターならびにLPガス貯蔵タンクです。

[55] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:39 No.4963
4963.jpg (282KB)

西側の事務所の外です。 左側つまり裏手に霊安室があります。

[56] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:40 No.4964
4964.jpg (250KB)

[31・32]の事務所前案内表示の右奥で霊安室はこのように
繋がっています。


[57] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:40 No.4965
4965.jpg (330KB)

敷地西端から、旧斎場駐車場と広告看板が見えます。

[58] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:40 No.4966
4966.jpg (303KB)

門の脇には霊柩車庫があります。
以上、とりとめのない記述でしたが、新斎場の紹介を終わります。


[59] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:42 No.4967
4967.jpg (460KB)

それでは、8月いっぱいでその役目を全うする旧斎場を見てみましょう。
まずは火葬棟全体像です。
1987(昭和62)年の増改築工事で、待合棟の拡張と火葬炉の
換装が行われました。 それまでは敷地南端、山の斜面の根元に煙突があり、
そこへ地上を這うような煙道が火葬棟から続いていて、また煙突の傍には
ゴミ焼却炉形の旧動物炉がありました。 火葬炉の換装工事は、まず煙突側
つまり南側の3基のみ観音開き扉の旧炉を残して北側は空室状態にし、
そこへ直上再燃式の新炉を3基設置、それが稼働できたら今度は南に残した
旧炉や煙突を撤去、さらに新炉を3基設置する手順で行われ、合わせて
告別ホール(炉前左側)と収骨ホール(炉前右側)の設置と
動物炉室部分の増築も行われました。
煙突があった当時は、清水市街地や瀬名(現在の葵区静清バイパス沿線)などから
日本平の方を見ると、谷間から盛んに煙が立ち上るのが見えました。


[60] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:43 No.4968
4968.jpg (434KB)

その旧動物炉があった付近に、動物慰霊碑があります。 苔むした石垣が
1928(昭和3)年、当時の清水市火葬場としての開設からの
89年の歴史を物語ります。


[61] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:43 No.4969
4969.jpg (248KB)

告別ホールです。

[62] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:44 No.4970
4970.jpg (319KB)

炉前です。 化粧扉の上部には花の描かれたステンドグラスがあり、
それに合わせた「ゆり号炉」などとなっていました。


[63] 名前:元練馬区民 :2017/08/27 (日) 22:45 No.4971
4971.jpg (299KB)

収骨ホールです。
当面、旧斎場に動物火葬受付窓口は残り、もちろん建物も残りますが、
炉はすべて撤去、動物火葬そのものは葵区の動物指導センターに搬送して
行われます。 その他の利用方法は未定ということでした。


[64] 名前:元練馬区民 :2017/12/17 (日) 00:33 No.4981
4981.jpg (356KB)

[64:志太広域2017年10月]
2018年2月供用開始を目指して鋭意建設中です。
玄関屋根兼待合室の部分は鉄骨造、後方の炉もある
部分は鉄筋コンクリート造です。



[65] 名前:元練馬区民 :2017/12/17 (日) 00:37 No.4982
4982.jpg (494KB)

[65:志太広域2017年12月]
2017年12月15日の静岡新聞・県内政治面に
・供用開始は2018年2月1日
・内覧会が同1月14日
と発表されました。
前回と比べて足場も取れて、進捗のほどが見えます。
ただ、入口のガラスにしっかり「火葬場」と
表記されています。


[66] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:24 No.4987
4987.jpg (338KB)

[66〜93:志太広域2018年1月]
いよいよ2018年2月1日、志太広域事務組合斎場のうち
火葬場ならびに待合室部分が新装供用開始の運びとなり、
1月14日に内覧会が開催されましたので、行ってきました。
開催時間は僅か2時間でしたが、開始から終了まで多くの市民が訪れていて、
有意義なものとなっていました。 なお、報道関係者向けの公開は
これ以前に行われました。
場所はJR東海道本線焼津駅の1.5kmほど北の沿線から東の山の根元に
入ったところです。沿線東側の道路を南方向に撮影すると、こうなります(一部加工)。
列車の先頭のあたりに「斎場 火葬場 入口」の案内があります。


[67] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:26 No.4988
4988.jpg (232KB)

しかしその案内看板ときたら剥げ剥げで、塗装をやり直す前の文字まで透けてきています。

[68] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:26 No.4989
4989.jpg (529KB)

入口角には民間の葬祭式場もあります。進入路はあまり広くありません(一部加工)。

[69] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:30 No.4990
4990.jpg (316KB)

前の画像は本来の進入路ですが、新火葬場供用開始後は従来の火葬場を解体して
そこへ2019年9月の供用開始を目指して新葬祭式場を建設する都合上、
完成までの間、その1本北側のさらに狭い道路が暫定の進入路となります。
今こちらに「こちらからは斎場へは入れません」の看板がありますが、
2018年2月から当分は先ほどの道に移設されるはずです。


[70] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:31 No.4991
4991.jpg (348KB)

その暫定の進入路から、新火葬場前に着きました。

[71] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:36 No.4992
4992.jpg (410KB)

暫定供用状態の駐車場からの様子です。車椅子用枡が建物から離れているのが
気になりますが、「暫定」ならば可としましょう。
左が新火葬場です。従来の施設も火葬棟床面は地面より数十cmかさ上げ
されていましたが、新施設は屋外部分も含めてさらにかさ上げされました。
目的は、豪雨や地震の津波による浸水の虞が少なくなるように、ということも
大きいですが、この火葬場にはもう1つ特殊な事情があるはずですね。


[72] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:37 No.4993
4993.jpg (316KB)

だいぶ映り込みが酷いですが、そのガラスにしっかり「火葬場」と表記された玄関です。
その左の軒下部分の地面に模様をなしている部分がありますが、実はここはスリットに
なっていて、床下の換気口です。そうです、天然出土する可燃性ガスを安全に排出
するために、床面を高くし、かつ、強制換気装置を設置しなければなりません。


[73] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:38 No.4994
4994.jpg (256KB)

玄関を入ったロビー右に受付窓口があり、手続きを済ませたら火葬となります。
人体炉は9基あり、3基ごと3室に炉前を区切って告別・収骨室が配置されています。
従来は7基の炉が並んでいる前で告別という形式であったため、同時に複数家の
告別ができませんでしたが、新施設では3家まで同時にできるように改善されました。
また、静岡市清水斎場と同様、LED照明を使用し、告別時は暖色、収骨時は白と
使い分けます。ただ、壁面はコンクリート打ちっ放し、化粧扉は鉄板に地味な模様が
描かれたもので、上に開く形です(何だか断熱扉と同じ動きで生々しいと感ずるのは
私だけでしょうか)。
告別・暖色版


[74] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:39 No.4995
4995.jpg (230KB)

収骨・白色版

[75] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:40 No.4996
4996.jpg (239KB)

内覧会当日は、告別・収骨室に隣接する収骨準備室、それを介して連絡する炉室の
一部も公開されていました。
収骨準備室2(4〜6号炉に対応)の内部ですが、壁に、他の火葬場では
目にかからない機器が並んでいます。


[76] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:41 No.4997
4997.jpg (252KB)

「ガス検知器」とありますが、実は床下ピットの可燃性ガスを監視するためのものです。
強制換気装置もあるので、検知はあり得ないとは考えられるも、やはり多重の
安全装置により安心を創出しなければならないということですね。
もちろん万が一検知した場合は、火葬も中断となります。


[77] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:43 No.4998
4998.jpg (286KB)

火葬炉は宮本工業所製です。燃料は通常都市ガスですが、供給停止時には
バルブを操作してLPガスを使用することもできます。
清水斎場では炉1基1基配管を繋ぎ変えて燃料を選択する方式ですが、
ここは人体炉9基と動物炉1基一括での変更しかできません。
また、従来施設が灯油炉であり、火炎の色は赤系統であったのに対し、
ガス炉では火炎の色は青系統になるとのことで、慣れの問題もあるにせよ、
見えにくいそうです。
人体8・9号炉です。


[78] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:44 No.4999
4999.jpg (240KB)

動物炉です。少し薄いグレーの扉の先は動物告別室です。動物は合同火葬のみで、収骨はできません。

[79] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:47 No.5000
5000.jpg (235KB)

さて、この建物は表側が鉄骨造、裏側が鉄筋コンクリート造ということですが、
1階部分でいうと、ロビーは鉄骨造の部分にあり、3つの告別・収骨室そして
2階への階段・エレベーター2か所は鉄筋コンクリート造の部分にあるため、
5つの渡り廊下で接続されています。
階段下の様子です。エレベーターの扉の意匠はさすがに火葬炉と被らないものですね。


[80] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:47 No.5001
5001.jpg (279KB)

1階渡り廊下から見た中庭です。

[81] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:48 No.5002
5002.jpg (235KB)

階段の手前に「多目的コーナー」がありますが、これは子供が泣いた場合や昼寝をしたい
場合、また成人も含めて気分が悪くなり休養する場合を想定しているのでしょう。


[82] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:49 No.5003
5003.jpg (262KB)

階段またはエレベーターで2階に上がると待合ホールがあります。
1階の告別・収骨室の真上にあたります、つまり鉄筋コンクリート造の側です。
そして、待合室8室が鉄骨造の側にあり、それぞれの入口は歩道橋型の渡り廊下で
結ばれています。
待合室への渡り廊下です。


[83] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:50 No.5004
5004.jpg (317KB)

2階渡り廊下から見た中庭です。

[84] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:51 No.5005
5005.jpg (233KB)

各待合室を入ったすぐ左右どちらかに給湯室と

[85] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:52 No.5006
5006.jpg (218KB)

荷物置場があります。

[86] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:52 No.5007
5007.jpg (239KB)

窓側から見たテーブル・椅子の並びです。

[87] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:53 No.5008
5008.jpg (298KB)

窓際の遺影立てです。この火葬場からの眺望は良くありません。
サッポロビールの工場と、建物の隙間から電車が走るのが見える程度で、
山海も街並もほとんど見えません。


[88] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:54 No.5009
5009.jpg (226KB)

次に、動物火葬手順を見ていきます。
正面玄関を入らず屋外から右方向へ進むと、このような「動物受付」があります。


[89] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:55 No.5010
5010.jpg (304KB)

動物受付を済ませたら、当面は一旦暫定の進入路へ出て、
火葬場建物の右裏手へ回って、動物告別室へ向かいます。
内覧会当日はまだこのように未整備であったため、接近できませんでした。


[90] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 10:58 No.5011
5011.jpg (213KB)

さて、1948(昭和23)年の開設から70年めの新装開場ということに
なりましたが、改めてそれ以前に所在した場所をおさらいします。
焼津市といえば漁港が基幹産業の拠点ですが、現在では主力拠点は
新焼津漁港となりました。旧焼津漁港は上屋も解体され、主として近海漁業の
船着き場として使われることとなりました。その旧焼津漁港の一角に、
知る人ぞ知る海鮮料理の「お食事処・かどや」があり、全国からお客さんが来ます。
ここから100m余り船着き場側に焼津町火葬場がありました。
1922(大正11)年、それまで町内に7箇所あった、ほとんど野焼き場の
形態のものに取って代わるものとなりました。何しろ、当時の焼津町は
焼津駅から1km圏内が大雑把な範囲であり、火葬場の立地に適した場所など
ほとんどない状態の中、何とか開設できたという状況でした。
しかし、漁港の整備にあたり、火葬場の周辺もその用地となったため、
移転を余儀なくされました。とはいえ、ここでさえ辛うじて見つけた
場所だったのですから、もう町内に移転先などないはずですね。
戦後、当時は隣村であった東益津(ひがしましづ)村の協力を得て、
同村浜当目に移転先をようやく確保できたため、水揚げの本格化そして
街の発展を見届けるように、焼津町火葬場は現在地に移転しました。
その後の1951(昭和26)年に市制施行に伴い焼津市火葬場となりました。
さらに1955(昭和30)年には当地東益津村と
小川(こがわ)町・大富村・和田村が編入されたため、当地も
焼津市内となりました。


[91] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 11:00 No.5012
5012.jpg (245KB)

過去には小川漁港付近も砂浜で、その一角に露天火葬場が存在しました。
そこには2本の松があったということです。しかし、当時の小川村としても、
もっと近代的な火葬場を建設するに至りました。
現在の小川公民館の南方ですが、跡地周辺は区画整理が進み、商業地・住宅地と
なりましたので、「この画像の界隈」という婉曲表現にとどめます。
後に町制を経て、1955(昭和30)年に焼津市と合併するのに合わせて
焼津市火葬場に統合され、小川町火葬場は廃止されました。
なお、小川町や東益津村と同時に焼津市と合併した大富村と和田村にも
それぞれ火葬場があり、やはり合併と同時に廃止されたということですが、
現時点で場所の特定に至っておりません。


[92] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 11:03 No.5013
5013.jpg (559KB)

また、この施設は1975(昭和50)年に「藤枝市火葬場」を統合すべく
炉の増設ならびに葬祭式場の併設を伴う改築を行い、志太広域事務組合の前身、
志太二市二町環境整備組合に移管されるまで焼津市が設置する「焼津市火葬場」でした
(移管当時の二市二町の区域は現在の焼津・藤枝両市を合わせた区域と同じであり、
二町とは「焼津市と合併前の大井川町」と「藤枝市と合併前の岡部町」です)。
その藤枝市火葬場は現在の文学館・郷土博物館の隣接地に1914(大正3)年の
開設から約60年間にわたりありました。
跡地にはプレハブ小屋が建っていますが、やはり周辺は公園・住宅地となりましたので、
丘の下の跡地と上の文学館が入る程度の画像にとどめます。


[93] 名前:元練馬区民 :2018/01/20 (土) 11:09 No.5014
あまり内容の濃くない説明でお恥ずかしいですが、ここまでご覧くださいましてありがとうございました。
ところで、この新火葬場の供用開始に合わせて、この施設の名称が地味に変更されます。
従来は葬祭式場の部分のことを「斎場会館」と呼んでいたのですが、今後は施設全体の名称が「志太広域事務組合斎場会館」となり、部分名称として「火葬場」「葬祭式場」を用いるということです。私個人的には、全体名称はもっと「愛称」めいたものとすべきと考えます。実際に内覧会当日にいらした斎場建設担当の職員の方にも「焼津・藤枝市民からこの施設に相応しい名称を公募して付けるようにしてください」と要望いたしました。いかに設置者が「志太広域事務組合」とはいえ、一般市民・参列者が正確に認知するところではないため正式名称を言っても通じにくく、第一長すぎます(さらに「会館」が付いて改悪)。旧名称の「焼津市火葬場」といったほうが通じやすく言いやすいくらいですが、ただこれでは藤枝市民からすれば恰も組合員外のようだ、と反発を招くこととなります。また、単に「斎場会館」では、両市外から参列される方にはどこの市町のものか判別できません。要するに、名称決定の基準は「市民・利用者目線に立った、単純明快なものでなければならない」のです。まあ、剥げ剥げだった線路沿いの看板は、この「愛称」が付いたらそれで綺麗に塗り直すのが良いでしょう。


[94] 名前:元練馬区民 :2018/02/03 (土) 23:53 No.5018
5018.jpg (283KB)

[94〜99:志太広域2018年2月]
いよいよ新火葬場供用開始にあたり、進入路が変更されることとなり、
それに対応して、「あの看板」が塗り直されました。
南(浜当目集落)側から


[95] 名前:元練馬区民 :2018/02/04 (日) 00:01 No.5019
5019.jpg (294KB)

北(葭岬(よしばな)踏切)側から
国道150号からは、この方向で来ます。
なお前述のとおり、南側は住宅地のため、なるべくこちら側から
来場するように案内されています。
やはり「こちらからは斎場へは入れません」の立て看板は
ここに移されました。


[96] 名前:元練馬区民 :2018/02/04 (日) 00:04 No.5020
5020.jpg (242KB)

再び暫定の入口から
内覧会当日はダートだった建物周囲ですが、ようやく霊柩車の通る部分が
舗装されました。「稼働に直接利便性をもたらす」部分から優先して
工事を進めなければならない状況から、「その場しのぎ」的な手順に
なるのもやむを得ないといえます。


[97] 名前:元練馬区民 :2018/02/04 (日) 00:07 No.5021
5021.jpg (345KB)

動物火葬入口はまだダートである上、火葬場建物と工事柵の間の狭い通路を
歩いて持ち込む形になります。


[98] 名前:元練馬区民 :2018/02/04 (日) 00:08 No.5022
5022.jpg (181KB)

内覧会当日は進入できなかった、通路突き当たりより

[99] 名前:元練馬区民 :2018/02/04 (日) 21:54 No.5023
5023.jpg (241KB)

ガラス戸の外から見た室内です。
焼香台があります。



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