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豊後高田市の現状

[1] 名前:かぼたん :2009/03/08 (日) 22:51 No.1597
1597.jpg (116KB)

皆様お久しぶりです。かぼたんです。2ちゃんねるの『火葬の科学』スレで、大分県豊後高田市のことが少し話題になってましたので軽く現状報告を。
現在、豊後高田市の火葬は千部(せんぶ)火葬場をメインに、一日2体以上火葬が行われる場合は真玉、香々地の施設も使用しているそうです。千部火葬場は昨年、火葬中に炉がぼやで故障するトラブルが発生して以来1基体制で火葬を行っています。
この画像は千部火葬場のある千部山(せんぶやま 標高95メートル)です。火葬場はこの画像の千部山左側あたりにあります。木々に隠れてみえませんね。火葬場の施設については、菩薩様のサイトや東博君様の火葬関連サイト支援用 投稿作品3などで詳しく掲載されています。




[2] 名前:かぼたん :2009/03/08 (日) 23:17 No.1598
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山の北側に移動してもう一枚。計画されている新火葬場の位置は現火葬場の位置、もしくは現在地の付近が有力候補に挙げられています。千部山が候補なのは理由があって地元(旧豊後高田市)の方はこの山を聖地、あるいは霊の宿る場所として見ているからだそうです。なんでも死に事を「千部」とか「千部に行った」と表現するくらいだったとか。山頂近くには戦前に海軍下士官の建立した戦没者を追悼する観音堂もあります。そういえば火葬場の周囲には大きな墓地もありますしね。
最近では地元ボランティアの方々によって、モミジやカエデがたくさん植えられた遊歩道が整備されています。




[3] 名前:かぼたん :2009/03/08 (日) 23:23 No.1599
1599.jpg (144KB)

次は真玉火葬場に行ってみましょう。看板が真玉町営火葬場から豊後高田市真玉火葬場に変更されています。

[4] 名前:かぼたん :2009/03/08 (日) 23:25 No.1600
1600.jpg (114KB)

細い農道を上っていくと・・・今も変わらぬ姿で火葬場はあります。

[5] 名前:かぼたん :2009/03/08 (日) 23:35 No.1601
1601.jpg (139KB)

久しぶりに訪れる真玉火葬場。よく見ると入口のタイルや待合室の壁板が少し剥がれていたり、煙突の錆びが目立つようになってたり、煙突の口も以前はあんなにギザギザじゃなかったような・・・と多少なりとも時の流れを実感させてくれます。
それにしても、何だか香味野菜のニオイが辺りにただよってるんですけど。何なの?



[6] 名前:かぼたん :2009/03/08 (日) 23:42 No.1602
1602.jpg (205KB)

おや、入口近くにネギが大量に捨ててあります。ニオイの元はこれなのね。豊後高田市真玉は県内有数のネギの産地なんです。そろそろネギのシーズンも終わりです。しばらくしたらスイカの植え付け準備が始まります。
火葬場敷地内の桜は開花までまだまだかな。
火葬関連サイト支援用 投稿作品4に私が桜の季節に撮影した
真玉火葬場の画像がありますので興味のあるかたはどうぞ。


[7] 名前:かぼたん :2009/03/08 (日) 23:47 No.1603
1603.jpg (139KB)

煙突下部に耐火煉瓦で囲いがしてありましたので見てみると、
使用済み五徳用煉瓦が捨ててありました。何だか生々しいです。



[8] 名前:かぼたん :2009/03/08 (日) 23:49 No.1604
1604.jpg (152KB)

ドラム缶には「A重油」と書かれています。

[9] 名前:かぼたん :2009/03/08 (日) 23:56 No.1605
1605.jpg (54KB)

最後に香々地火葬場へ。国道213号線香々地トンネル手前から旧道へ入ります。この画像の左側の道が旧道です。
陸橋の右側に施設が少し見えます。


[10] 名前:かぼたん :2009/03/08 (日) 23:58 No.1606
1606.jpg (201KB)

火葬場の看板が今でも残っています。

[11] 名前:かぼたん :2009/03/09 (月) 00:01 No.1607
1607.jpg (141KB)

旧道を真玉方面へ少し下ると、もう一枚の看板が。

[12] 名前:かぼたん :2009/03/09 (月) 00:08 No.1608
1608.jpg (121KB)

矢印の方向に車を走らせ、陸橋を渡るとそこは火葬場。実は陸橋を渡りきったところに門扉があるんですが、ずっと使用していないようです。錆びだらけでした。

[13] 名前:かぼたん :2009/03/09 (月) 00:19 No.1609
1609.jpg (101KB)

火葬場正面から1枚。1991年築とありますが施設自体は昭和40年代前半の建築だったと思います。改装時期が91年なのでしょう。それ以前は低めのコンクリ煙突が立っており、屋根瓦も朱色のモルタル瓦だったのを記憶しています。火葬棟(右側)は相当リフォームされてますが待合棟(左側)は建設当時の外観のままです。

[14] 名前:かぼたん :2009/03/09 (月) 00:33 No.1610
1610.jpg (110KB)

最後に火葬場の対岸から。見えにくいですが左端のお地蔵様には花が供えられています。毛糸の帽子が被せてあります。
予備的施設になった今でも大切にされているんですね。

新施設が完成するまで現行の施設群が何とか持てば良いのですが。



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