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安房聖苑 建設〜完成
- [1]
名前:若潮
:2008/07/14 (月) 22:17 No.887

館山火葬場・千倉火葬場に代わる新火葬場の基本設計が完了し、近々用地買収に着手するようです。
写真は、昨年3月の山名地区です。少しブレ気味で申し訳ありません。
当時、既に「南房総市」になっていましたが、表記は「三芳村」当時の物が残っていました。
- [2]
名前:若潮
:2008/07/14 (月) 22:20 No.888

小高い山のふもとに看板が・・・。
どうやら、この付近に造られるとみて間違いなさそうです。
- [3]
名前:若潮
:2008/07/14 (月) 22:25 No.889

4年前の12月に地元の受け入れ同意は得ている筈ですが、やはり他地域の例に漏れず、反対のスタンスの方もおられるようです。
尚、以前は同じ旧・三芳村の西部の「上堀」地区に造られる計画でしたが、調査の結果、地盤が弱く建設に適さない事が判明し、この山名地区に予定地が変更になった経緯があります。
上堀地区予定当時も、やはり写真のような感じでした。
- [4]
名前:若潮
:2008/07/14 (月) 22:29 No.890

新火葬場と引き換えに廃止となる2ヶ所のうちの1つ、千倉火葬場です。
この火葬棟は平成元年に完成したもので、それ以前は同敷地に煙突火葬場がありました。
(以下、記述に間違いがあった事から、投稿者により削除)
- [5]
名前:若潮
:2008/07/14 (月) 22:30 No.891

火葬棟右側にある待合棟です。
- [6]
名前:若潮
:2008/07/17 (木) 18:02 No.893
- 千倉火葬場について、『千倉町史』664〜665ページより引用します。
-------------------------------------------------
火葬場
火葬場は旧町村ごとに伝染病隔離病舎に併置されていましたが、この火葬場は、主に伝染病で亡くなった人たちのために使用されていました。死者の埋葬形態が一般的に、土葬から火葬に移行したのは、昭和三六年に新火葬場が南朝夷一六一六番地(現在地)に建設されてからのことでした。昭和三八年七月には、火葬場の管理運営が千倉町から朝夷衛生組合に移管されました。更に、昭和四七年には、安房郡市広域市町村圏事務組合が発足したことにより、火葬場事業は、同組合に移管されました。
-------------------------------------------------
引用終わり
引用資料
『千倉町史』 昭和60年10月15日 千倉町史編さん委員会 千倉町 刊行
- [7]
名前:若潮
:2008/07/17 (木) 18:08 No.894

No.893の通り千倉火葬場の旧施設は、当初から千倉町営として新たに建設されたものであり、それまで旧町村単位で設けられていた伝染病隔離病舎併置火葬場とは別物です。
誤った記述をしてしまった事を訂正するとともに、深くお詫び申し上げます。
東博君様 皆様
画像は旧・千倉火葬場。同じく『千倉町史』665ページに掲載されているものを引用しました。ほかの方々の画像引用方法を参考に引用しましたが、もし問題があるようでしたら削除していただいて結構です。
※原寸大でご覧下さい
引用資料
『千倉町史』 昭和60年10月15日 千倉町史編さん委員会 千倉町 刊行
- [8]
名前:若潮
:2008/07/17 (木) 18:30 No.895

平成20年7月中旬の新火葬場建設予定地周辺です。
[1]で紹介した看板は、実はこのような街灯についていますが、まだ「三芳村山名」のままでした。
デザインは悪くないですが、田んぼの中の道には不釣合いな気が・・・。
- [9]
名前:若潮
:2008/07/17 (木) 18:32 No.896

[1][2]の、看板の立てられている場所は、このように田畑が広がっています。
この場所の地図
http://www.navitime.co.jp/map/index.jsp?datum=1&unit=0&lon=%2b139.56.04.59&lat=%2b35.02.13.24&nam=%88%c0%96%5b%8cS%8es%8dL%88%e6%89%ce%91%92%8f%ea+%97%5c%92%e8%92n%8e%fc%95%d3&address=%90%e7%97t%8c%a7%93%ec%96%5b%91%8d%8es%8eR%96%bc
- [10]
名前:若潮
:2008/07/17 (木) 18:34 No.897

そして、例の看板はまだそのままでした。
- [11]
名前:若潮
:2010/02/27 (土) 22:45 No.2346

平成22年2月下旬の南房総市山名地区です。
[2]とほぼ同じ位置からの写真ですが、既に造成工事が始まっており、当然の事ながら「建設反対」の看板は既にありませんでした。
- [12]
名前:若潮
:2010/02/27 (土) 22:48 No.2347

もう少し近づいて菜の花や小川も入れて、見栄え良くしましょうか(笑)。
- [13]
名前:若潮
:2010/02/27 (土) 22:48 No.2348

工事の案内看板。
- [14]
名前:若潮
:2010/02/27 (土) 22:49 No.2349

周辺状況を別の角度から。
- [15]
名前:若潮
:2010/02/27 (土) 22:53 No.2350

これによって、千倉火葬場と館山火葬場は廃止への秒読みに入った事になります。
千倉火葬場は[4][5]で写真を掲載しましたが、見づらいアングルだったので仕切りなおしを・・・。
- [16]
名前:若潮
:2010/02/27 (土) 22:54 No.2351

火葬棟。
- [17]
名前:若潮
:2010/02/27 (土) 22:55 No.2352

待合棟。
右端は便所です。
- [18]
名前:若潮
:2010/02/27 (土) 22:59 No.2353

手短ですが、館山も。
ここは寺院の墓地内の坂道を登った先にあるため、案内看板がないと初めての人は分かりません。
- [19]
名前:若潮
:2010/02/27 (土) 23:14 No.2354

煙のゆくえ様がレポートなさった時と全く変わっていませんが、ここが廃止になる事によっていよいよ関東地方の煙突火葬場は、神奈川県の西寺尾火葬場と秦野斎場、埼玉県の秩父斎場のみになります。
(久保山斎場と戸塚斎場の高排気塔を「煙突」と捉えるか否かは皆様の判断にお任せします)
・・・え?茨城県南部に1つあるじゃないかって?
いやいや、あれも実は早ければ来年には消える運命です。
http://www.ibaraki-np.co.jp/47news/20100217_05.htm
- [20]
名前:khk
:2010/03/05 (金) 00:36 No.2360

横須賀の浦賀火葬場もありますよ
- [21]
名前:若潮
:2010/03/05 (金) 18:13 No.2361

khk様
浦賀火葬場も既に廃止が決まっている事から全く念頭に置いていませんでしたが、僅かながら館山火葬場のほうが先に廃止になりそうですね。失礼しました。
ついでに補足。
南房総市に建設中の火葬場は統合施設である事から、安房郡市の火葬場は1ヶ所のみになってしまうかのような誤解をされている節がありますが、写真の長狭地区火葬場(鴨川市)だけは新火葬場完成後も引き続き使用されます。
- [22]
名前:khk
:2010/03/06 (土) 01:49 No.2362
- 西寺尾や館山も浦賀みたいに重油炉+轟音なのでしょうか?
私が撮影に行ったときは、ご会葬者が居ましたので、轟音が凄かったです。
ちなみに横須賀市は中央斎場(都市ガス炉)に1本化です。荼毘にするまで3週間予約で一杯になるようです
- [23]
名前:若潮
:2010/05/29 (土) 17:30 No.2534

平成22年5月下旬、埼玉県のとある火葬場の見学会が翌日に控えた日の南房総市山名地区です。
[2]や[11]と同じ角度から撮影した写真ですが、ご覧のようにかなり山の切り崩しが進んでいました。
- [24]
名前:若潮
:2010/05/29 (土) 17:32 No.2535

[14]と同じ角度から。
- [25]
名前:若潮
:2010/05/29 (土) 17:35 No.2536

[13]と同じ場所。
2月の時は単に工事件名看板が建っているだけでしたが、現在はこのように、切り崩し作業の工事作業帯確保のため、周辺の農道の交通規制が敷かれています。
- [26]
名前:若潮
:2010/05/29 (土) 17:46 No.2537

余談ではありますが、新火葬場の“田畑と小高い山に囲まれた道路からも比較的見やすい場所”というロケーションは、同じ千葉県の匝瑳市にある「山桑メモリアルホール」という火葬場によく似ています。
写真は、その山桑メモリアルホールの遠景。一昨年のちょうど今頃撮影したものです。
匝瑳市の旧火葬場(八日市場市ほか三町環境衛生組合火葬場)は奥まった場所にありましたが、これは現在の館山火葬場と千倉火葬場も同じであり、新火葬場のほうが見つけ易い場所にある点も南房総市と共通しています。
khk様
葬儀で館山火葬場に行ったことがなく、丘の上が現在は切り開かれた浦賀火葬場とは異なり館山は全くの袋小路ですので遺族がいる場合には近くまで行けないため、申し訳ありませんがよく分かりません。
廃止になる前に、何らかの形で知りたいですね。
- [27]
名前:若潮
:2011/01/16 (日) 16:43 No.2852

本年最初の投稿ですがまず、お詫びと謝罪
東博君様 皆様
昨年は2ch「火葬の科学」スレッドにおける私の軽率な発言により、多く方々に不愉快な思いをさせてしまいました。
この場を借りてお詫びを述べさせていただくとともに、今後このようなことがないように注意していきたいと思います。
本当に申し訳ありませんでした。
平成23年1月中旬の南房総市山名地区です。
写真は新火葬場建設現場前を通過する道路の西側の十字路ですが(http://www.navitime.co.jp/map/index.jsp?datum=1&unit=0&lon=%2b139.56.04.59&lat=%2b35.02.13.24&nam=%88%c0%96%5b%8cS%8es%8dL%88%e6%89%ce%91%92%8f%ea+%97%5c%92%e8%92n%8e%fc%95%d3&address=%90%e7%97t%8c%a7%93%ec%96%5b%91%8d%8es%8eR%96%bc
参照)、ご覧のように通行止規制が敷かれ、かなり工事の規模が大きくなってきていることを伺わせます。
- [28]
名前:若潮
:2011/01/16 (日) 16:53 No.2853

その場所から工事現場を遠望。
昨年5月にはまだ無かったコンクリート壁等がここからでも見えます。
- [29]
名前:若潮
:2011/01/16 (日) 16:57 No.2854

もう少し現場に接近し、[2][11][23]と同じ場所から全体を撮影。
一部、コンクリート基礎の工事も始まっていました。
- [30]
名前:若潮
:2011/01/16 (日) 16:58 No.2855

基礎工事部分を拡大。
- [31]
名前:若潮
:2011/01/16 (日) 17:01 No.2856

上記撮影箇所までは立ち入り可能でしたが、それより東側は道路の改良工事で完全にシャットアウトされていました。
従って、帰りは来た道をまた戻ることになりました。
- [32]
名前:若潮
:2011/01/16 (日) 17:08 No.2857

帰り道、[21]でも掲載した長狭地区火葬場にも立ち寄ってみましたが・・・火葬中でした。
途中で拾骨後帰路につく葬列と行き違いましたので、この日は2体以上の火葬が執行されたことになります。
わかりにくいとは思いますが、建物右奥から薄く煙が上っていました。
- [33]
名前:若潮
:2011/06/17 (金) 13:28 No.3318

平成23年6月中旬の南房総市山名地区です。
[31]の道路改良工事は既に終わり、写真のように歩道付きの舗装が綺麗な道に生まれ変わっていました。
写真は火葬場建設現場の東側からで、奥の左手が火葬場建設現場、右側に見えるプレハブの建物は火葬場建設工事の現場事務所です。
- [34]
名前:若潮
:2011/06/17 (金) 13:52 No.3319

[2][11][23][29]の位置から全体を撮影。
後方の擁壁の工事は概ね終わり、表面には草木が植えられています。
- [35]
名前:若潮
:2011/06/17 (金) 13:59 No.3320

左側を少し拡大([30]と同じ部分)。
1月の時に行われていた基礎工事は建物ではなく、土盛部分の擁壁のものだったのですね。
建物の工事はまだもう少し先になりそうです。
- [36]
名前:若潮
:2011/06/17 (金) 14:05 No.3321

最後に、[14][24][28]と同じ位置から再度全体を撮影。
この日は生憎の大雨でしたが、工事は中断される事なく活発に行われていました。
尚、工事の完成予定は平成24年夏頃だそうです。
- [37]
名前:若潮
:2011/11/04 (金) 19:43 No.3453

平成23年11月上旬の南房総市山名地区です。
今回は、たまたま仕事先が館山市だったので帰りがけに立ち寄ってみました。
まず、[2][11][23][29][34]と同じアングルから。
今度は擁壁の基礎工事ではなく、正真正銘、建物の基礎工事が始まっており、クレーンが立ち上がっています。
- [38]
名前:若潮
:2011/11/04 (金) 19:45 No.3454

建物の基礎工事部分のアップ。
- [39]
名前:若潮
:2011/11/04 (金) 19:51 No.3455

火葬場の進入路となる道路と、工事現場正面ゲート(完成時には正門になる場所)です。
手前の市道も大がかりに工事中で、西方では[27]の時のような通行止規制が敷かれていました。
- [40]
名前:若潮
:2011/11/04 (金) 19:54 No.3456

正面ゲート周りの、看板の数々。
- [41]
名前:若潮
:2011/11/04 (金) 19:57 No.3457

建築設計会社は・・・火葬場を今まで幾つも手掛けた会社ですね。
- [42]
名前:若潮
:2011/11/04 (金) 19:58 No.3458

炉メーカー。
- [43]
名前:若潮
:2012/03/08 (木) 20:19 No.3499

平成24年3月上旬の南房総市山名地区です。
今回も館山市方面に仕事へ行きがてら、立ち寄ってみました。
まず、[2][11][23][29][34][37]と同じアングルから。
既に、建物の形がだいぶ出来上がっています。
- [44]
名前:若潮
:2012/03/08 (木) 20:31 No.3500

角度を変えて、[14][24][28][36]のアングルから。
- [45]
名前:若潮
:2012/03/08 (木) 20:35 No.3501

正面進入路から。
この日は生憎の雨で、写真に水滴が着いてしまっている事に帰宅後に気付きました。
お見苦しいとは思いますが、どうかお許し下さい。
- [46]
名前:若潮
:2012/03/08 (木) 20:37 No.3502

[43]の角度から建物アップ。
- [47]
名前:若潮
:2012/03/08 (木) 20:42 No.3503

[44]の角度から建物アップ。
尚、この記事の投稿から数週間後には、同じく私が今まで建設状況を撮影してきた厚木市新斎場の見学会があります。
が、残念ながら私は諸事情上行くことができません。
- [48]
名前:若潮
:2012/04/08 (日) 18:51 No.3526
- (一時投稿)
既にご存知の方も多いかと思いますが、この新火葬場の名前は「安房聖苑」に決まりました。
http://www.awakouiki.jp/
千葉県南部は長南聖苑/一宮聖苑/大原聖苑/かつうら聖苑/いちはら聖苑/上総聖苑/富津聖苑・・・と、「〜聖苑」の火葬場が多いです。
「〜聖苑」ではないのは長狭地区火葬場と木更津市火葬場、大多喜斎場無相苑くらいですが、また一つ「〜聖苑」が加わります。
- [49]
名前:若潮
:2012/06/29 (金) 22:57 No.3595

平成24年6月末の南房総市山名・・・もとい、安房聖苑建設現場です。
今回は鴨川市に仕事へ行きがてら、少し足を伸ばして出向いてみました。
そして今回も生憎の小雨です(苦笑 )。
まず、[2][11][23][29][34][37][43]のアングルから。
ご覧のように建物はだいぶ出来上がってきています。
- [50]
名前:若潮
:2012/06/29 (金) 23:07 No.3596

建物拡大。
- [51]
名前:若潮
:2012/06/29 (金) 23:13 No.3597

[14][24][28][36][44]のアングルから。
既に正面進入路入口付近には、葬儀社の広告看板が設置されています(左側のモザイク部分)。
別に見られては困るものでも如何わしいものでもありませんが、特定葬儀社の宣伝目的に撮影していると誤解されても困りますので。。。
- [52]
名前:若潮
:2012/06/29 (金) 23:20 No.3598

ここからも建物拡大。
- [53]
名前:若潮
:2012/06/29 (金) 23:21 No.3599

正面進入路から。
- [54]
名前:若潮
:2012/06/29 (金) 23:37 No.3600

火葬棟部分を拡大。
近代コンクリート建造物に瓦屋根という、いわゆる「帝冠様式」でしょうか。ただ、帝冠様式で有名な東京国立博物館とはだいぶ趣が異なりますね。
尚、供用開始予定まで残り3ヶ月強になりましたので、恐らく建設中の写真をこのスレッドに載せるのは今回が最後になるだろうと思います。
但し、ここより先に北海道羽幌町の新火葬場が供用開始しますので、そちらを投稿される方がいらっしゃる場合、比較目的に工事大詰めの段階の写真を載せるかもしれません。
因みに、その羽幌町の新火葬場の名前は「はまなす聖苑」だそうです。
http://www.town.tomamae.lg.jp/section/hoken/lg6iib0000001wvt.html
- [55]
名前:東博君★
:2012/09/22 (土) 20:06 No.3651
- あげ
- [56]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 20:45 No.3652

平成24年9月22日。完成した安房聖苑です。
例によりまして[2][11][23][29][34][37][43][49]のアングルから。
- [57]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 20:49 No.3653

[14][24][28][36][44][50]のアングルから。
後方の風景は[56]を見ていただくとして、こちらは最初からアップで。
- [58]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 20:50 No.3654

正門。
- [59]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 20:52 No.3655

正門からの風景。
すぐそばの畑には、まだ小振りながらトマトが実っていました。
- [60]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 20:58 No.3656

続いて、[56]のアングルをアップで。
・・・ってアレ?敷地内に入っちゃってますね。許可は得たのでしょうか??
いやいや、実はこの日は見学会でした。
かなり直前まで実施が決まっていなかった模様で、私も東博君様が朝教えてくださるまで知らず、偶然仕事が休みだったので参加しました。
- [61]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:00 No.3657

[57]のアングルから。
- [62]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:05 No.3658

車寄せの屋根。
格子状になっており、建物本体の瓦屋根共々、和風の趣です。
- [63]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:11 No.3659

エントランスホール。
本来なら人がいない時を見計らって撮りたかったのですが、見学会の通知が遅かったにもかかわらずかなり沢山人がいらっしゃいまして・・・。
- [64]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:14 No.3660

エントランスホール傍らにある、柩搬送台車置き場(充電場)。
台車の表面は木目調になっています。
- [65]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:19 No.3661

これもエントランスホール傍らにある、小さなロビー。
- [66]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:22 No.3662

エントランスホールにある館内案内図(サイズ1500×2000)。
以降の投稿はこの図をご参照ください。
- [67]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:31 No.3663

告別室1。
使っていない炉を扉で隠す技法は今や各地で採用され、すっかり定着した感がありますね。
尚、一番左のロープで遮られている扉は炉は入っておらず、準備スペースでもありません。
- [68]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:33 No.3664

告別室2。
ここは一番右の扉が炉が入っていませんが、増設の準備スペースにはなっています。
- [69]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:39 No.3665

告別室3。
ここは一番左の扉が増設準備スペースです。
従いまして現段階では火葬炉は6基、将来2基増設が可能、ということになります。
奥に見える四角い台は収骨トレーで、この上のステンレス部に焼骨を載せ、収骨室に運びます。
- [70]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:42 No.3666

収骨室2。
収骨室1もほぼ同じ内容です。
- [71]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:45 No.3667

待合室1〜3。
このように仕切りを取り払って、3室一体に使うことができます。
- [72]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:47 No.3668

待合室3〜4。
やはり同じように仕切りを取り払って2室一体で使えます。
待合室5〜6も同じ内容です。
- [73]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:49 No.3669

待合ロビー1。
- [74]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:51 No.3670

待合ロビー2の一角にある授乳室。
- [75]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:58 No.3671

給湯室。
各待合室に給湯コーナーを設けた例が多い中、ここは共同のものが1室の方式です。
コンロはなく、ホットプレートが設置されています。
- [76]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 21:59 No.3672

給湯室の奥にある業者控室。
- [77]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 22:01 No.3673

男子トイレ。
- [78]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 22:03 No.3674

男子トイレ大スペース。
多目的トイレだけでなく、こちらも温水洗浄便座が設置されています。
女子トイレは拝見するわけにいきませんが、恐らくこれと同じでしょう。
- [79]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 22:04 No.3675

多目的トイレ。
- [80]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 22:11 No.3676

コインロッカーは100円硬貨投入型(使用終了後返却)のものが20人分設けられており、その奥に男子・女子各更衣室があります。
因みに、この火葬場には式場や売店はありません(ジュース自販機は設置)。
- [81]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 22:14 No.3677

尚、待合室からの眺めはこんな感じです。
奥に見えるのは炉室。
- [82]
名前:若潮
:2012/09/22 (土) 22:17 No.3678

逆側はこんな感じ。奥に見えるのはエアコン室外機です。
・・・しまった、僧侶控室と喫煙室を撮り忘れた(泣)
- [83]
名前:東博君★
:2012/09/24 (月) 11:43 No.3679

その喫煙室は、まあ普通の部屋でした。
灰皿や空気清浄機はまだ未搬入でした。
- [84]
名前:東博君★
:2012/09/24 (月) 11:43 No.3680

自販機コーナーの奥に小部屋が。
寝具が見えますので、気分が悪くなったりした方が休めるようにしているのでしょう。
- [85]
名前:東博君★
:2012/09/24 (月) 11:45 No.3681

見学会の開催は新聞で広報したらしく見学者の数は多かったです。
他でも新聞に出したとこはありますが、そこも新聞の効果は大きいのか人数が多かったです。
子供から年配者まで老若男女様々で、デモ用の棺の前で子供たちが騒いでいたのが印象的でした。
普段は人が入らないよう写すんですが、面白いから子供も入れて撮ろうと思ったらドカドカとあっちに走っていきました。
なんとか子供が走っていくとこだけ写り込ませました。
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名前:東博君★
:2012/09/24 (月) 11:45 No.3682

館山までは東京駅からバスで行きました。
レインボーブリッジとアクアラインといった名所を通り、火オタ的には臨海斎場もチラリと見えるコース。
臨海斎場の隣のファミマも見えたけど、前は違うコンビニたっだような同じだったような。
まあ、店の入れ替わりはあるのかも知れませんね。
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名前:若潮
:2012/09/24 (月) 19:37 No.3683

一般向け見学会は14:00迄でしたが、引き続き14:00からは葬祭業関係者向けの見学会の時間でした。
その矢先、地元葬儀社の霊柩車が車寄せに・・・。
写真を見てお分かりのように、車種はトヨタ・プリウスα。大変珍しい、ハイブリット霊柩車です。
ほかの葬儀社はマイクロバスや営業車で来てましたから、霊柩車で来たのは恐らく宣伝も兼ねてのことでしょう。
[51]で書いたことと矛盾するので掲載するべきか迷いましたが、いちおう修正を加えて掲載します。
東博君様
am/pmはファミリーマートに吸収合併されました。
臨海斎場隣のコンビニもam/pmでしたが、恐らくファミリーマートになった今も同じ経営者と思います。
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名前:若潮
:2012/11/27 (火) 20:29 No.3752

11月下旬に館山火葬場へ行ってみたところ、既に解体工事に着手しており、待合棟は大方解体されていました。
この日は工事が休みだったのかゲートが閉じられていましたので、外から見るのみに留めました。
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名前:若潮
:2012/11/27 (火) 20:31 No.3753

火葬棟も一部解体が始まっていました。
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名前:若潮
:2012/11/27 (火) 20:35 No.3754

同じ日に千倉火葬場も見に行ったところ、こちらも解体工事に着手していました。
但しこちらは館山とは逆に、大忙しの状態でしたので、外から見るに留めました。
待合棟の解体がかなり進んでいるのは館山同様ですが、火葬棟にはまだ着手していませんでした。
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名前:若潮
:2012/11/27 (火) 20:36 No.3755

待合棟解体部分アップ。
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名前:若潮
:2013/01/01 (火) 20:53 No.3794

2013年年明け早々に再び館山を訪れてみました。
・・・写真のように煙突以外は全て取り壊しが完了していました。
尚、今回もゲートが閉じてましたので、外からの撮影のみです。
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名前:若潮
:2013/01/01 (火) 20:56 No.3795

煙突周辺。
煙道に繋がっていた部分の口から、中が煤だらけな事が少し分かります。
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名前:若潮
:2013/01/01 (火) 20:58 No.3796

同じ日の千倉。
こちらは既に建物全ての解体が完了していました。
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名前:若潮
:2013/01/03 (木) 22:04 No.3826

待合棟があった辺り。
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名前:若潮
:2013/01/23 (水) 19:55 No.3835

そして2013年1月下旬の館山。
とうとう煙突も消えてなくなりました。
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名前:若潮
:2013/04/28 (日) 11:01 No.3864

2013年4月下旬の館山。
建物があった場所はきれいに舗装され、工事は完了していました。
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名前:若潮
:2013/04/28 (日) 11:11 No.3865

火葬棟のあった辺り
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名前:若潮
:2013/04/28 (日) 11:12 No.3866

待合棟のあった辺り。
上の方には藤の花が。
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名前:若潮
:2013/04/28 (日) 11:18 No.3867

藤の花のアップ。
この日、帰りはまだ開通して間もない圏央道(木更津東〜東金)を通りましたが、沿道にも藤の花がちらほら。
この日は千倉にも行きましたが、1月とほぼ同じでした。
(当然、重機は既にありませんでしたが)