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島の火葬場スペシャル〜松山・姫島・天草〜
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1
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:05
No.6455
島の火葬場〜松山市野忽那諸島-補遺-及び姫島〜
とある日、こむすびはあることに気付いて頭を抱えていた。
島の火葬場の投稿について、本来は某所のあと1回で終了するべきところ、手持ちの画像を確認すると、2箇所、投稿漏れがあったことが判明したのである。
それは、愛媛県松山市沖合の中島にある松山市中島斎場と、大分県国東半島沖合の姫島にある姫島村火葬場である。
松山市の中島には、かつて旧中島町から引き継いだ煙突施設である神浦(こうのうら)火葬場があったものの、老朽化により移転・改築され、中島斎場となっている。改築後に訪問するつもりでそのままになっていたものである。
姫島村火葬場は、10年ほど前に大分県の火葬場訪問をする行きがけに寄って撮影していたものである。
これらの火葬場の存在をうっかり忘れていたのである。
これはリカバリーしなければならない。
というわけで、松山市と姫島村という異なる地域ではあるものの、一気に2本立てで紹介することにした。
なお、松山市中島斎場へ行った際は、以前に取材した際に使用中で遠目にしか撮影できなかった興居島(ごごしま)の泊火葬場にも寄ることができたので合わせて紹介する。
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40
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:25
No.6494
博多駅到着後は、買い物を済ませ、ホームを移動して21時45分発のつばめ号に乗り換えとなる。
50分で熊本駅に到着するが、今度はどんなに眠たくても寝るわけにはいかない。
熊本駅から先の下り最終列車でもあり、熊本駅を発車する段階でそこから先の駅については上りの新幹線が終了しているため、うっかり寝過ごすと当日中に熊本駅まで戻ってこられず気が抜けないのである。
コーヒーを飲むなどしてなんとか眠気を覚まし、22時35分に熊本駅へ無事降り立つことができた。
大都市だけあって多くの乗客が下車し、車内は閑散となった。
改札口では、大きなくまモンが出迎えてくれる。
夜遅く、レンタカー会社も既に閉店しているため、そのまま近隣のホテルにチェックインし、風呂に入ってベッドに横になると直ぐに寝てしまった。
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41
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:26
No.6495
翌日、朝一番にレンタカーを借りる。今回はそんなに長い距離でもないため軽自動車とした。
熊本駅近くのレンタカー会社の営業開始時間が朝8時からなので、その時間から走り出したとしても、始発(本渡港8時30分)の御所浦港行きの船に乗ることができない。
こむすびは心配性なので、島訪問の際には、使用中であったりしたときの時間的保険をかけるため、できるだけ始発の島行きの船に乗船することを心掛けている。
しかし、今回、100キロの道のりを30分で走ることはどう頑張っても不可能だったため、信念を曲げて、先に大矢野島と天草下島の火葬場を巡り、昼過ぎの御所浦港行きの船に乗ることにしたのである。
この船で到着すると、1時間半後に御所浦港を出港する船が本渡港行き最終便となるので時間との闘いが待っているが、翌日も休みにしているため、仮に火葬場が使用中で敗北しても翌日に再訪するという荒業を使う予定である。
こうして熊本駅から三角港を経て橋を渡り、1時間半程度かけて大矢野島へ到着した。
まずは、上天草市立斎場へ向かう。
大矢野島に渡ってすぐに火葬場への分岐がある。
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42
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:26
No.6496
分岐からしばらく走ると左手に曲がる道があり、火葬場へはそちらを進むことになる。
なお、分岐付近に前身施設である大矢野町営火葬場が建っていた。
古い航空写真によると、写真のこの辺りに旧火葬場があった。
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43
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:27
No.6497
この道を進んですぐ、上天草市立斎場に到着した。
昭和58年4月の建設で、当初は2基であったが、平成6年に1基増設し、現在は3基の火葬炉がある。
上天草市立斎場について、市町村合併前の施設の名称が何であるか調べてみたところ、古い住宅地図には、大矢野町松島町共立斎場と記載されていた。旧大矢野町や旧松島町以外に上天草市を構成する旧姫戸町や旧龍ヶ岳町については、熊本県立図書館で市町村史を探してみたものの、どこの火葬場を使用していたのかは分からなかった。
ただし、天草水害の記録を見ると、被害に遭われた方の火葬をするため熊本市方面へ搬送した、とあったので、大矢野町以外には火葬場がなかったのではと推定する。
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44
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:27
No.6498
続いて天草市立天草本渡斎場を撮影することとし、本渡港を一度通り過ぎて山間部に向かう。
本渡港から約5キロで天草本渡斎場に到着した。
平成15年7月に完成した施設である。
ここは、天草市の中で一番規模が大きく、4基の火葬炉を備えている。
また、本渡市史を見ると、旧火葬場はこの敷地奥に煙突式の施設があったことが分かる。
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45
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:27
No.6499
天草本渡斎場の次は、山越えをして天草下島北部にある苓北町斎場へ向かう。
山間部を30分ほどショートカットするように進むと再び市街地に出て、少し走ると火葬場への案内板が現れた。
この道を曲がった突き当りに苓北町斎場はある。
熊本県立図書館で市町村史を見たところ、富岡町の時代に別の場所からここに火葬場が移転してきたことが分かった。
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46
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:28
No.6500
山を上るようにしばらく進むと火葬場が見えてきた。
島の火葬場にしては珍しい和風テイストの感じられる施設である。
苓北町は、熊本県の電力の6割以上を賄う九州電力の火力発電所が立地しており、財政が豊かなため、天草市には合併せず、独立の道を歩んでいる。
各地の火葬場を見ていると、発電所のある地域では「電源立地地域対策交付金」という資金で建設されたところを見かけるため、その類の補助金が給付されているのだろう。
また、陸繋砂洲の先端には富岡城跡もあり、長年、天草統治の中心地として栄えてきた町でもある。
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47
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:28
No.6501
古い地図を見ると、苓北町斎場南西側の空地に旧火葬場があったことが分かる。
大体このあたりである。
現在では、苓北町斎場の駐車場の一部として使用されている。
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48
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:28
No.6502
そのまま天草下島の周回道路を左回りに海沿いを進んだ後、少し内陸部に入る。
約30分で、天草市営天草火葬場「合掌殿」への分岐に到着した。
なかなか豪華な案内表示である。
ここを曲がっていく。
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49
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:29
No.6503
しばらく進むと、天草市営天草火葬場「合掌殿」が見えてきた。
平成7年3月に完成し、1基の炉がある。
「○○殿」という名称の火葬場は、かつていくつか見かけたが現在では珍しいものになっている。
古い航空写真を見ると、旧火葬場もこの近くにあったようである。
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50
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:29
No.6504
続いて、天草市営牛深火葬場へ向かう。
前施設は、牛深市営火葬場からの流れをくむ煙突を備えた施設で海沿いに立地していたが、天草市になってから令和2年に建て替えられ、内陸部に移転したものである。
せっかくなので、旧牛深火葬場の跡地にも寄ってみようと思う。
現牛深火葬場前を一度通り過ぎて海沿いに出て、しばらく進み、狭い道を右折するとそこが旧牛深火葬場跡地である。
建て替え前に来たかったが、結局間に合わず解体されてしまった。
今は単なる空地で何かに使用している形跡は見当たらない。慰霊碑のようなものも見当たらなかった。
袋小路状になっている地形なので、使用中は撮影がかなり難しかったのではと感じた。
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51
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:29
No.6505
続いて、通り過ぎた天草市営牛深火葬場に戻る。
先代の火葬場は海沿いだったが、建て替えにあたって山間部に移転している。
この角を曲がって上っていく。
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52
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:30
No.6506
道の突き当りが天草市営牛深火葬場である。
令和の建設だけあって、まだ新しい雰囲気を醸し出している。
山を上ったところにあるため、非常に静かでよい環境である。
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53
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:30
No.6507
これで、大矢野島と天草下島の火葬場は全て巡ったので、次は離島となる御所浦島への船に乗るため本渡港へ向かう。
調べてみると、御所浦島は天草各地及び水俣から船便や海上タクシーが出ている。いずれも概ね45分から1時間くらいで到着できる。
天草上島の棚底港を発着するフェリーも距離が近くて良さげではあったが、行程を確認すると、スケジュールと合わないことが判明したため、そちらはボツにしたのである。
御所浦島は、かつて旧御所浦町に属していて、市町村合併に伴い天草市となっている。
現行の火葬場は、御所浦島から西に海を隔てた牧島にあり、架橋されているものの御所浦港からは2キロ以上離れているため、約30分歩かなければならない。
調べたところ、港の物産店にはレンタサイクルもあるとのことで、天気が良くて空きがあるようであれば借りてみたい。
値段表を見ると、電動自転車だけあって3時間で2000円とやや値は張るが、ここはお金より時間を優先しよう。
また、昭和56年作成の古い資料を見ると、以前の火葬場は現行とは異なる住所であることが分かったが、場所は特定できていない。
この当時は、牧島と御所浦島を結ぶ中瀬戸橋が未完成だったため、御所浦島にあったのだろうかとも考えたが全くの不明である。
ただ、同じ資料を見ると、旧火葬場の住所は、旧ごみ焼却場と全く同じ住所のため、先に旧ごみ焼却場の場所を特定できれば火葬場の位置も分かることに気づいた。通常、火葬場よりはごみ焼却場の方が建物が大きいので見つけやすいだろう。
そこで、熊本県立図書館で古い住宅地図を見てみたところ、ごみ焼却場は現在と同じ場所にあったことが判明したが、火葬場の文字は見当たらなかった。
古い航空写真を見ると、ごみ焼却場の更に奥側に小さい建物があるのが見えるが、この地点は住宅地図の提供範囲を微妙に超えていて記載がなく何の建物なのかは特定できなかった。
ただ、ごみ焼却場に向かう道には、「ヤキ崎へ」という記載があったため、なんとなく火葬場らしい雰囲気を感じるのである。
色々と推察してみたものの、素直に現地の方に聞けば簡単に判明するのだろうが、どうしても自分で探したいという謎の欲求がそれを邪魔するのである。
そのようなことを考えつつ運転していると、いつの間にか本渡港に到着していた。
車を駐車場に停め、乗船券売場へ行く。
旅客の予約は取り扱っていないため、先着順である。
早めに来たおかげか、無事乗船券を購入できてほっとした。乗船券は600円である。
今回、乗船するのは「しいがる3」という高速船で、13時20分発である。
他の港からはフェリーも就航しているが、現地では片道2キロ程度の距離なので、時刻表、車の航送料金と歩く手間を比較考量して今回は高速船プラス徒歩片道30分(晴れていればレンタサイクル)にした。
ドルルン…出港の1分前にエンジンがかかる。
船は、天草上島と下島の間にある狭い海峡を東へ向けてゆっくりと進みだした。
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54
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:30
No.6508
本渡港を出港してから45分経った14時5分、御所浦港に到着した。
そそくさと港の状況を撮影した後、物産店でレンタサイクルを借りるつもりであったが、無情にも雨が降ってきたため、急遽、徒歩での移動に変更した。レンタサイクルであれば、島の滞在時間に多少の余裕が持てたのだが、天候ばかりはやむを得ない。
御所浦島は、恐竜の化石が出土していて、至るところに恐竜のオブジェがある恐竜推しの島である。
博物館もあるので、恐竜が好きな方は一度訪れてみても良いだろう。
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55
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:31
No.6509
道沿い等にある恐竜のオブジェなどを見つつ、市街地を抜け、中瀬戸橋を渡り、橋の終点にある分岐を右折し、400メートル行くと左手に天草市営御所浦火葬場「やすらぎ苑」が現れた。
平成12年の建築だけあって近代的な建物で、島の火葬場という独特の雰囲気はない。
火葬炉は1基である。建物内部の画像については、天草市のサイトで掲載されているので、興味のある方は御覧ください。
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56
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:31
No.6510
建物入口の扉の鳳凰の彫刻がすばらしい。
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57
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:32
No.6511
撮影後は直ぐに港に戻り、御所浦島到着1時間半後の船に乗って本渡港へとんぼ返りする計画である。
これに乗り損なうと棚底港までフェリーで行き、タクシーを呼んでレンタカーを駐車している本渡港へ戻らなければならない。
棚底港から本渡港までは20キロほど離れているので、タクシーに乗るとそれなりの金額になる。1万円は覚悟する必要があろう。
バスもあるようだが、バス停まで遠く、本渡港までの乗車時間も長いので避けたいところだ。
自分としては予定通りに訪問スケジュールをこなしているつもりであったが、写真撮影後、ふと時計を見ると14時50分となっていた。
想定より10分ほど遅れている。行きがけに恐竜のオブジェ等をじっくり見たことも影響しているだろう。
これはまずいと急ぎ足で港に戻る。
息を切らして港の案内所へ駈け込んで帰りの乗船券を購入するとともに、撮影のお礼としてお土産を購入する。
御所浦港では、干物各種を購入した。生ものもおいしそうで欲しかったが、それらを持ち歩く保冷バッグ等の用意をしておらず諦めたのである。
その後、本渡港行きの船に乗り込む。
行きと同じ「しいがる3」で、15時30分発である。
出港時刻になり、エンジンがうなりを上げると、港は徐々に遠ざかっていった。
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58
] 名前:
こむすび
:2026/07/05 (日) 20:33
No.6512
帰りも45分かかって16時15分に本渡港へ到着した。
さすがに往復4キロ歩いたからか帰りの船では疲れて寝てしまっていた。
これで、熊本県側の島の火葬場は全て巡ることができた。
次は、牛深の口之津港から三和フェリーに乗船して30分かけて鹿児島県長島町の長島に渡る…予定であったが、実は、数年前の甑島訪問に合わせて、先に長島町火葬場「不知火苑」は本土側から車で訪問済みなのである。
本来は連続して島めぐりをするのが筋ではあるが、そのような事情で、三和フェリーには乗らず、単独で紹介することにしたい。
こちらが今回の最終目的地である長島町火葬場「不知火苑」である。
取り付け道路には、花が植えられ心安らぐ道となっている。
現在の長島町はもともと長島町(旧)と東町に分かれており、かつては東町外1ヶ町火葬場組合「不知火苑」と称していた。
両町が合併して改めて長島町が発足したため、組合を解散し、町営となったのである。
以前には、東・長島地区火葬場組合(資料によっては東町外1ヶ町火葬場組合と記載)があったことが分かっているが場所の特定ができていない。
古い航空写真では現施設の裏側に小さな建物が見えるが、こちらが把握している住所と場所が異なるので、それを旧火葬場とは断定できないのである。
[
59
] 名前:
こむすび(本投稿最終)
:2026/07/05 (日) 20:34
No.6513
これで、八代海を半周する島の火葬場撮影は終了である。
訪問の時期や順番の関係で、長島へは車で到着しており、船で島から立ち去るという恒例の終わり方ではないので、いまいち良い締めが思いつかない。
この後は、本渡港から約100キロの道のりをホテルまで戻る。
途中、地元のスーパーで地元産の食材を使用した総菜を仕入れ、夜はちょっと豪勢な食事となった。
翌日、朝から熊本県立図書館に行き、夕方まで市町村史や住宅地図を漁った後、熊本駅まで戻る。
駅前でレンタカーを返却し、お土産を買い込んでから新幹線ホームへと上がる。
そうして、19時12分発のみずほ672号に乗車する。
直通なので、新大阪駅までは行きより30分ほど早い3時間で到着する。休憩するのには丁度良い時間である。
何度も乗車している区間のため、特に景色を見ることにこだわりはなく、弁当を食べた後に目を閉じる。
そのまま寝入ってしまい、気付いたら到着10分前であった。
新大阪駅には定刻の22時16分に到着した。
例によって、休息日を設けずに翌日から仕事である。
通常版の島の火葬場撮影が終わっても、引き続き、コンプリート派としての火葬場撮影が残っている。
未訪問の現役火葬場全てがその対象で、当然に離島の施設も含まれる。そのため、いつかは到達困難な小笠原や大東島へも行かなくてはならない。
今までのように年に1回というような頻度では難しいだろうが、火葬場の撮影自体は続行していくなかで、離島の火葬場に足を延ばすこともあるだろう。
種子島以南の離島及び沖縄方面は、新幹線より空港から飛行機を使用する機会が増えてくる。
そう思うと、島の火葬場訪問で幾度となく乗った新幹線も名残惜しく感じる。
居住地の関係から西日本沿岸部の島が中心となったものの、それでも仕事の合間に時間を見つけて訪問するのに20年かかった。
残念なことに訪問後廃止された火葬場も多く、記録を残せたことについてはそれなりに意義はあったのだろうと考えている。
当初の目標は達成したが、今後はコンプリート派として、島を含めた火葬場巡りはまだまだ続いていく。
いつかは新たな島の火葬場にも挑戦する場面も必ず出てくるだろう。
見果てぬ夢かもしれないが、全国の現役火葬場を訪問し尽くすことを引き続きライフワークに位置付け、今後も活動を続けていく所存である。
…と書いて終わる予定だったが、この時点で2箇所新たな島の火葬場を訪問しているので、まだまだ続きます…
本当に締まりませんな。
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