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広島県南部の火葬場〜前編〜
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:23 No.5539

これまで広島県北部地域の火葬場を施設統合に絡めながら4回にわたり紹介してきた。
これからは,広島県南部地域の火葬場を東から西に向かって2回にわたり順に紹介していきたい。
南部地域も一部で火葬場の統合が始まっている。これから紹介する火葬場の一部もいずれ近いうちに姿を消すであろう。
なお,私は現役施設メインに撮影しているので,各地にある三昧はほとんどないことをお断りしておきたい。
また,数が多いので1施設あたりの画像を減らしていることもお詫びしておきたい。
それでは,広島県東部の福山市から始めていく。
福山市中央斎場
昭和59年3月31日完成,12基の火葬場である。
いつも混んでいて撮影が難しいので,通りすがりに1枚。
ここはいずれ朝駆けしよう。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:23 No.5540

こちらは葬祭会館である。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:23 No.5541

福山市西部斎場
平成10年完成,4基の火葬場である。
ここは午後にくると逆光になるので注意が必要だ。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:24 No.5542

福山市内海斎場
旧内海町斎場で,福山市合併後もそのまま継続使用されている。
平成11年完成の比較的新しい施設だ。
棺運搬車が待機していたので,速やかに撤収。
直後に霊柩車とすれ違った。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:24 No.5543

排気は後ろに出すタイプである。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:24 No.5544

沼隈町東山斎場(現福山市沼隈斎場)
沼隈町東山斎場時代に撮影したもので,福山市合併後もそのまま継続使用されている。
定礎には昭和59年5月と記載がある。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:25 No.5545

福山市神辺斎場
2011年完成,2基の火葬場である。
旧神辺町火葬場を移転・新築したものである。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:25 No.5546

神辺町火葬場
煙突を備えた施設であったが,神辺斎場完成に伴い廃止され,現在は太陽光発電所となっている。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:26 No.5547

福山市走島斎場
平成7年供用開始
2回訪問したが,偶然に2回とも使用中であったため,接近しての撮影ができなかった。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:26 No.5548

福山市山野斎場
福山市山間部の火葬を担っていた煙突施設であった。
平成27年3月末に廃止,墓地駐車場となっている。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:26 No.5549

府中市府中・新市斎場「やすらぎ苑」
平成12年3月16日完成,4基の火葬場である。
福山市は,旧新市町域を事務委託している。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:27 No.5550

府中市上下斎場「翁苑」
旧上下町の施設で,平成16年1月20日完成,2基の火葬場である。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:27 No.5551

神石高原町斎場「やすらぎ苑」
神石高原町は,2004年11月に神石郡内の油木町,神石町,豊松村,三和町が合併してできた町である。
合併前は,各地域でそれぞれ火葬場を有していた。
この火葬場は,合併前に旧油木町内に建設されたものである。
平成9年6月3日完成,3基の火葬場である。
使用中だったので,遠目からしか撮影できなかった。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:28 No.5552

尾道市斎場
昭和59年3月28日完成,6基と胞衣炉1
こちらもいつ行っても混雑している火葬場である。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:28 No.5553

尾道市百島火葬場
平成6年4月完成,1基
旧尾道市時代からあった施設で,百島の中央部にある。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:28 No.5554

尾道市御調斎場
旧御調町斎場で,昭和58年4月1日完成,2基の火葬場である。
17年前に撮影したもの。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:29 No.5555

昨年撮影に訪れると,排気塔周りの色が塗り替えられていた。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:29 No.5556

尾道市向島斎場
旧向島町斎苑で昭和60年3月完成,2基の火葬場である。
昭和後期らしい建物だ。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:30 No.5557

因島市斎場(現尾道市因島斎場)
昭和58年完成
門の装飾が印象的である。
建物には因島市斎場と標記されている。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:30 No.5558

建物の様子。
こちらは合併後に撮影したので,尾道市因島斎場と標記してある。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:31 No.5559

尾道市瀬戸田斎場
旧瀬戸田町斎場で,昭和62年9月12日完成,2基の火葬場である。
尾道市は,令和5年度に斎場再編計画を策定予定であることから,上記の火葬場のうち,いくつかは統合の対象になると予想される。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:31 No.5560

三原市斎場「みはらしの杜」
2020年10月12日供用開始,6基の新しい火葬場である。
まだ工事中で完成間近に撮影したもの。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:32 No.5561

入口の様子。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:32 No.5562

完成後に撮影したもの。
次に旧施設の画像を載せるが,やはり46年の歳月を感じる。
逆に,46年後にはどうなっているのだろうか。
現時点では,この施設が老朽化する未来が予想できない。
この施設の完成をもって,島嶼部を含む三原市内の火葬場統合が完了した。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:32 No.5563

三原市斎場(旧)
1974年10月1日供用開始,5基,胞衣炉1基の火葬場である。
広島県の煙突施設の一つであったが,2020年10月11日に新斎場完成に伴い廃止された。
建物の裏側に骨受皿のようなものが見えたので,ロストル式の炉だったのだろうか。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:33 No.5564

三原市鷺浦火葬場
1957年4月1日供用開始,1基の火葬場である。
佐木島住民の火葬を行っていたが,老朽化により令和2年度に解体された。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:34 No.5565

本郷町斎場(のちに三原市本郷斎場)
1983年4月1日供用開始の旧本郷町の火葬場である
土砂災害前の姿である。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:34 No.5566

三原市本郷斎場(被災後)
平成30年7月豪雨で被災,建物内に土砂が流入し休止後,三原市「みはらしの杜」完成に伴い廃止された。
廃止は,令和2年10月11日である。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:34 No.5567

建物の中はこのような悲惨な状況だ。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:35 No.5568

建物裏もこのような状態だ。
こんな土砂に襲われたらどのような火葬場でも使用不能になる。
復旧させるより,みはらしの杜完成を待って廃止した方が効率がよかったのだろう。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:35 No.5569

幸崎火葬場
三原市内のとある墓地の一角に小さな火葬場があった。かなり崩落が進んでいた。
この後,訪問していないので現況は不明である。空撮画像では空地に見える。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:35 No.5570

世羅町火葬場「やすらぎ苑」
平成2年8月13日完成,3基の火葬場である。
元は世羅甲山久井斎場組合であったが,世羅西町大和町環境整備組合と合併して世羅三原斎場組合となった。
三原市「みはらしの杜」完成に伴い,当該組合が解散し,世羅町営施設となった。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:36 No.5571

世羅三原斎場組合「西和苑」
昭和48年3月完成,2基の火葬場であった。
元は世羅西町大和町環境整備組合であったが,世羅甲山久井斎場組合と合併して世羅三原斎場組合となった。
三原市「みはらしの杜」完成に伴い,当該組合が解散し使用停止となり,令和3年度に解体された。
まずは石碑から。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:36 No.5572

正面の様子。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:36 No.5573

裏側に回ってみる。短い煙突が建っている。
世羅町は合併の結果とは言え町内に2箇所の火葬場を有していたが,西和苑の廃止に伴い,1箇所になった。
これも火葬場統合といえるだろう。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:37 No.5574

東広島市ひがしひろしま聖苑
平成4年4月1日供用開始,6基の火葬場で,東広島市の中核となる施設である。
屋根のグリーンが爽やかな印象を与える。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:37 No.5575

東広島市黒瀬斎場
旧黒瀬町斎場である。
昭和54年4月25日完成,2基の火葬場である。
昭和後期らしい造りだ。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:38 No.5576

東広島市「豊浄苑」
平成13年10月1日完成,1基の火葬場である。
旧豊栄町の斎場である。
ここは,入口が閉まっていたので望遠で撮影。
特徴的な建物であるため,いつか接写できればと思う。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:38 No.5577

河内町斎場(現東広島市河内斎場)
昭和62年4月1日完成,2基の火葬場である。
東広島市に合併する前の河内町時代に撮影したものである。
平成30年7月豪雨にて近隣道路被災及び場内電柱倒壊により休止していたが,令和3年1月復旧した。
火葬棟である。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:39 No.5578

待合棟である。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:39 No.5579

東広島市安芸津斎場
昭和61年3月15日完成,3基の火葬場である。
結構な山の中にあり,道が入り組んでいるので到着に苦労した。
門が閉まっていたので外から撮影。
真ん中の木が良い仕事をしている。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:39 No.5580

竹原市斎場「やすらぎ苑」
平成元年10月17日完成,3基の火葬場である。
急な坂を上ったところにある。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:40 No.5581

竹原市火葬場「忠海永楽院」
芸予地震にて煙突破損後,そのままとなっていて,条例上にもその名を残している。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:40 No.5582

大崎上島町火葬場「大峰苑」(旧)
現施設の東側にあった。定礎には昭和58年5月竣工とある。
現在は,新施設駐車場になっている。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:41 No.5583

排気口はこれだろうか。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:41 No.5584

大崎上島町火葬場「大峰苑」
平成23年4月供用開始,2基の火葬場である。
旧施設の西側に建設された。
使用中だったので,遠目から撮影。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:42 No.5585

江田島市葬斎センター
1996年完成の施設で,旧江能広域葬祭センターである。
昔の資料では,現在呉市と合併した旧音戸町と旧倉橋町の火葬も担っていた。
旧音戸町と旧倉橋町は,三昧が多く残っているところであるが,江田島市葬斎センターがあるので実際の使用はあまりないのだろうか。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:42 No.5586

裏側の山から見ると,排気口がずらっと並んでいるのが見える。
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名前:こむすび
:2022/05/30 (月) 20:42 No.5587

川角火葬場
熊野町にある火葬場だが,屋根が崩落してしまっている。
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名前:こむすび(最終)
:2022/05/30 (月) 20:43 No.5588

炉前の様子。
近い将来自然に還る日が来るであろう。
後編は,呉市から始めます。