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○座棺炉
- [1]
名前:こむすび
:2008/06/10 (火) 21:05 No.683
- 2ちゃんねるで座棺炉のことが話題になっていますので、廃止された施設のものを投稿します。
- [2]
名前:こむすび
:2008/06/10 (火) 21:06 No.684
- こちらは炉のアップ
- [3]
名前:こむすび
:2008/06/10 (火) 21:06 No.685
- こちらは縦穴式の座棺炉です
- [4]
名前:尾道市情報探索人
:2016/04/27 (水) 18:51 No.4459
- こむすび殿ヘ2008年と古い情報なのですが座棺用の火葬炉、写真を見てみたいですが。
もう写真掲載は無いのでしょうか。683#684#685
もしも、このレス見られていたらよろしくお願いいたします。
- [5]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:07 No.4460

尾道市情報探索人様
初めまして。こむすびと申します。
いつも細やかなで丁寧な取材につきまして興味深く拝見させていただいております。
さて,ご要望をいただいた画像なのですが,昔に投稿したものなので,どの施設のものか思い出せないのですが,恐らくこの施設のものかと思いますので,再投稿します。もし思っていたものと違っていたらお詫びいたします。
奈良県広陵町の曽我川沿いにある墓地の火葬場です。
- [6]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:09 No.4461

堤防側から見るとこのように見えます。
右側部分が火葬場となります。
- [7]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:11 No.4462

お地蔵さんの裏側が火葬炉になります。
- [8]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:13 No.4463

こちらが火葬炉になります。
2炉並んでいますが,耐熱扉等は既になくなっています。
煉瓦煙突が途中で折れています。
- [9]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:18 No.4464

炉部分のアップ。
- [10]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:22 No.4465

炉の裏側です。
バーナーはついていませんので,薪か石炭を使用していたものと推察されます。
- [11]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:23 No.4466

煙突が途中で折れていますが,天井に穴をふさいだ跡があることから,昔は屋根を突き抜けて煉瓦煙突が伸びていたようです。
- [12]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:26 No.4467

せっかくなので,あと2箇所投稿いたします。
こちらは,奈良県下市町の山中にある廃火葬場です。
- [13]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:27 No.4468

建物の裏側から見るとこのように見えます。
煉瓦の炉体からパイプ状の煙抜きが伸びています。
- [14]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:29 No.4469

火葬炉体です。
- [15]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:35 No.4470

炉内の様子です。
浅い穴があり,底には砂が敷かれています。
壁一面は煤で真っ黒になっています。
- [16]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:39 No.4471

天井部分はこうなっています。
丸い部分が煙抜きの穴になっています。
今回,画像は掲載しませんが,この建物引導場の柱には,チョークで修繕した年月日が書かれており,昭和49年,昭和50年,昭和54年といった文字が読み取れましたので,少なくとも昭和50年代までは現役だったようです。
- [17]
名前:尾道市情報探索人
:2016/04/27 (水) 23:47 No.4472
- こむすび殿、写真の再掲載真にありがとうございます。
このような円型の火葬炉があるとは!日本全国いろんな型の火葬場(三昧炉)があるようです。
私は昔の焼き場遺構の探索を主としております。こむすび殿の火葬場情報写真、大変興味深く拝見させて頂いております。
こむすび殿を含め他の方々の火葬場情報探索には本当に頭が下がり感心しきりであります。
これからも、よろしくお願いいたします。
- [18]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:48 No.4473

もう1か所は,伊賀市の奥馬野にある火葬場です。
先日,京の骨董屋様が投稿された奥馬野火葬場にほど近いところにあります。
とはいえ,取材したのが10年前で,カメラを買い替えた際に再取材に行ったのですが,取り付け道路に柵があって通れなくなっていたので,現存しているかは不明です。
- [19]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:51 No.4474

画像がぶれていて申し訳ございません。
画面右側部分に竪穴が見えます。
- [20]
名前:こむすび
:2016/04/27 (水) 23:52 No.4475

屋根の下はこうなっています。
竪穴式の火葬場ですね。
ここは,建物内に薪が積んでありましたので,燃料はそれで間違いないでしょう。
- [21]
名前:こむすび
:2016/04/28 (木) 00:01 No.4476

(本日最終投稿)
竪穴内の画像です。
近くに奥馬野火葬場があることと,竪穴内にコケ等が生えていることから,10年前の時点で既に使われていなかったと推察されます。
尾道市情報探索人様
こちらこそ恐れ入ります。
三昧関係は,地域によっても特徴があったりして,非常に興味深いですね。
今後の取材の何かのお役に立てればと思います。
主に遺構がご専門ということでありましたら,関西方面にも多く残っておりますので,こちらに遠征される際には是非ともお声かけください。
今後とも,どうぞよろしくお願いいたします。
- [22]
名前:尾道市情報探索人
:2016/04/28 (木) 00:14 No.4477
- 所変われば品変わると言いますが全国探せばいろんな火葬場があるとものと掲載写真大変参考になりました。
こむすび殿の早速の写真掲載、真にありがとうございました。
- [23]
名前:元練馬区民
:2016/04/30 (土) 20:42 No.4478

「座棺炉」の話題が出ましたので、場所は大きく異なりますが、僭越ながら紹介いたします。
ここは、愛知県常滑市は常滑西小学校の東の丘の上にある墓地です。
進入路付近から右を見ると、コンクリートの建物があります。
写真では大きさがわかりませんが、幅・奥行とも約5mです。
- [24]
名前:元練馬区民
:2016/04/30 (土) 20:48 No.4479

建物正面から見ると、このような具合です。
玄関の場所に木が生えていて、完全に「廃施設」であることがうかがえます。
改めて大きさについてですが、玄関の部分の梁の高さは地上から1.5mほどしかなく、
入るのにも屈まなければまず無理です。
- [25]
名前:元練馬区民
:2016/04/30 (土) 20:56 No.4480

建物の危険性から、中まで入っての撮影は不可能と判断し、玄関付近からの画像のみと
なってしまいますが、この煉瓦部分は形状からして明らかに座棺炉ですね。
しかし、煙道も煙突もなく、少し建物横に穴があいている程度であり、内壁まで
煤で真っ黒になっています。
炉下部は、扉の残骸の陰のため見えませんでした。
- [26]
名前:尾道市情報探索人
:2016/05/03 (火) 00:49 No.4487
- 元練馬区民殿の掲載写真拝見させて頂きました。
福山市(室浜:熊野町)廃墟三昧の掲載写真を拝見させて頂き、これが、きっかけとなり私の廃墟火葬場焼き場探索が始まりました。
元練馬区民殿には大変感謝しております。
これからも廃墟三昧等の写真掲載を楽しみにしております。
- [27]
名前:こむすび
:2016/05/05 (木) 22:50 No.4490

元練馬区民様
こんばんは,ご無沙汰しております。
常滑市にもこのような施設が残っているとは,探せばまだ色々残っているものですね。
せっかくですので,私も奈良県に残る施設の画像を4枚追加します。
こちらは,葛城市中央部にある墓地に残る火葬場です。
- [28]
名前:こむすび
:2016/05/05 (木) 22:53 No.4491

建物手前が告別式場となっていますが,既に使用されなくなって久しいのか,仏具等は見当たらず墓参用のバケツが目立ちます。
建物奥が火葬場となっています。
- [29]
名前:こむすび
:2016/05/05 (木) 23:00 No.4492

こちらが火葬場内です。
ロストルが2本渡された穴が見えます。
よく見ると,右側部分が浅くなっていることとロストルの形状が異なっていることが分かります。
また,レンガの左部分をよく見ると,新しい線香が供えられているのが見えます。既に使用されなくなって久しい施設ですが,今でもなお,地域の方に大切にされている様子がうかがえます。
- [30]
名前:こむすび
:2016/05/05 (木) 23:08 No.4493

(本日最終投稿)
屋根には煙抜きがあります。この施設1枚目の画像で施設右側に見える煙突の下部にあたります。
まだいくつか手持ちがありますが,本日はこの辺りで。
- [31]
名前:元練馬区民
:2016/05/11 (水) 00:34 No.4495
- 尾道市情報探索人様
レスが遅くなり失礼いたしました。
私が福山市勤務のころの投稿画像を御覧になってくださいまして恐縮です。
福山市立図書館で、古い住宅地図の閲覧請求をしましたところ、複数箇所の
「火葬場」表記があるのですが、私が現地確認できた「簡易焼き場」は掲載の
2箇所のみでした。 「室浜」もおそらく鞆鉄鋼団地山側に市営の鞆斎場
(現在は墓地に転用)ができてからは、ほとんど使われなくなったのでは
ないでしょうか。 また、西部斎場は「簡易焼き場」を踏襲したとも
考えられます、そして完成と引き換えに松永斎場は廃止されましたね。
さらに西部清掃工場も「簡易焼き場」跡のようですし、まだまだありますね。
市営の火葬場も、戦時中に中央斎場ができる前は、現在の水呑大橋付近両岸
(沖野上町と水呑町)それぞれにありましたし。
- [32]
名前:元練馬区民
:2016/05/11 (水) 00:58 No.4496

こむすび様
こちらこそご無沙汰しております。
常滑市ですが、愛知県立図書館で古い住宅地図を閲覧請求したところ、
至るところの墓地に「火葬場」の表記がありました。 現地探索の結果、
炉が残っていたのは掲載した奥条の1箇所のみでした。
さて、葛城市のご投稿ですが、座棺用か古典的で丈の短い寝棺用か微妙ですね。
とはいえ、もしかしたら「兼用」の可能性も否定できないかもしれません。
そこで、私もこの理由で投稿を思いとどまっていた、愛知県稲沢市は
名鉄奥田駅ホーム南端すぐ西の墓地に残存するものの画像を掲載いたします。
外幅は1mほど、奥行は2m弱であり、やはり座棺用か寝棺用か兼用か微妙です。
扉は脱落し、中には花殻がぎっしりです。
- [33]
名前:東博君◆TKTgvMKYyU
:2016/05/11 (水) 05:52 No.4497

炉の奥行きは写真では判り難いので、レンガの数で大まかな目安になると思います。
炉内の耐火煉瓦は4.5個分の長さ、炉体の赤煉瓦は6個分くらいでしょうか。