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島の火葬場〜国境の島〜

[1] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:42 No.6359
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対馬・厳原港「国境の島」

え?本当に休めるのか…!
庶務担当から配布された勤務表を見て呟いた。
ダメ元で3日連続の休暇申請を出していたものがそのまま通ったのである。
全く期待していなかったところに突如として正式に3日の休暇が認められるのであれば、至急に行き先を決め、各種交通手段や宿を押さえなければならない。
まずは、肝心の行き先をどうするか。
これまで投稿してきた「島の火葬場」は、通常版に関しては残り2回を想定していて、候補地自体は「対馬・壱岐」もしくは「某所」と既に決まっており、それぞれの想定される行程案も組み終わってあとは行くだけになっている。
今回、どちらにするかを考えると、休暇がこれまでの2日よりも1日長いことを鑑みて、乗船時間が長くて遠い対馬・壱岐とした。
壱岐は令和2年に火葬場が改築され、対馬も平成時代に各火葬場の改築が済んでいて、比較的新しい施設しかないのであるが、その中でも、対馬市斎場「霊光苑」については、大規模改修が必要になれば別施設と統合して廃止ということが分かっていたため、その火葬場を見るというという理由もある。
対馬・壱岐については、休暇前日、仕事終わりに大阪を出て、博多から対馬・厳原(いづはら)行き夜行フェリーに乗れば、無理なく2島とも回り切れるスケジュールを組めるため、3日の休暇があればすかさず行く心づもりをしていた。2日の休暇でも行程上は行けないことはないが、使用中などで撮影できなかった際のリカバリーが難しいので避けていたのである。
なお、通常は「壱岐・対馬」と表記されることが多いが、本レポートでは訪問の順番に倣って一部を除き「対馬・壱岐」と表記する。
思い起こせば20年前、島の火葬場撮影を始めるにあたり、目標として考えていた撮影地の中で最後に残るのは「対馬・壱岐」か「隠岐」かのどちらかだろうと予想していた。
どちらかというと車でないと本土側の港や現地火葬場にアクセスが難しく、効率的に回るためにレンタカーではなく各島まで自家用車を航送する必要のある隠岐の方が後かと考えていた。
ところが、隠岐については西ノ島町斎場の建て替えが発表されたため、急遽先に訪問することになり、対馬・壱岐が後に残ったのである。
対馬・壱岐については、博多港へのアクセスも良く、フェリーもしくはジェットフォイルに乗船すればそのまま到達でき、船便もそれなりにある。
仕事終わりから向かっても、乗り継ぎがうまくつながることから、大阪からは相当の距離があるとはいえ訪問難易度自体はそんなに高くはない。
自家用車を持ち込まずとも、現地にはレンタカー各社が営業所を構えており、借りることに不便もない。
仕事帰りに対馬へ行くとなると、通常であれば、博多を0時5分に出港する九州郵船218便厳原行き夜行フェリーちくしに乗船することになる。壱岐島の芦辺港に寄港し、現地到着は4時45分である。
厳密にいえば、22時30分に出港する対馬北部の比田勝行き夜行フェリーうみてらしもあり、こちらの現地到着は3時25分である。希望すれば、船内で7時まで仮眠できるため、船旅に詳しい方であれば、こちらでもよいのではという向きもあるかもしれない。
しかし、仕事帰りという条件であれば、最速でも博多ふ頭到着が出港時間ギリギリになってしまって乗り遅れる可能性があることと、ホテルやレンタカー会社については厳原の方が充実しているため乗船候補から外したのである。
また、心配事として、休みの日はある程度選べても、当日の天候や波の状況は選べないので、外海での5時間近い航海にはかなりの不安を抱えていることがある。
島の生活物資輸送も担っているため、台風は別として多少波があったとしても簡単に欠航しないのは心強いが、それがため、波の高い日は多少の覚悟が必要となる。
数年前に訪問した隠岐では、低気圧の通過に伴い波が3メートルと高く、2時間半の乗船時間で危うくKOされかかったトラウマが払しょくできていない。
かといって、高速で揺れの少ないジェットフォイルを利用するには、翌日の午前10時台発となるため仕事帰りだと博多での宿泊が必要であり、対馬への到着時間も最速で12時45分となる。半日余分にかかるだけでなく費用も高額となりデメリットの方が大きい。
効率を優先すると、船酔いによる多少の体調不良可能性ありのリスクをとったとしても、行きは夜行フェリーちくし一択となるのである。
どちらにしても、ここをクリアしないことには島の火葬場撮影が完遂できないし、長崎県の火葬場フルコンプリートも成し得ない。
こうして大げさに覚悟を決めて、218便夜行フェリーちくし予約のために九州郵船のサイトを開いた。
サイトによると、予約は「2等指定」もしくは「1等」のみの受付で、経済的な「2等」(いわゆる、雑魚寝のじゅうたん席)については当日先着順で受け付けるようになっている。
「多客時は乗船を制限することがあります…」という注意書きが不安を煽る。
せっかく博多ふ頭まで到着しても、何らかの予約がなければ船に乗れず路頭に迷う可能性が示唆されているのである。
仕事終わりに最速の新幹線で向かったとしても、博多駅へは21時半頃、博多ふ頭へはバスを待つ必要があって22時10分頃の到着となる。
休みの日は平日に設定しているため、大口の団体が重なる等、余程のことがない限り多客による乗船拒否とはならないと思われるが、フェリーちくしに確実に乗船できるという担保がないと行程が破綻するため、思い切って1等を予約することにした。
当初は、2等指定にするつもりで詳細を調べていたところ、指定といっても大部屋のじゅうたん席と同様の設備で、12人もしくは16人の部屋の定員制自由席となっていて、毛布を敷くスペースが保証されている席であることが分かったため、荷物等の管理のことを考えて、より小さな部屋の1等にしたのである。
費用は2等に比べて3千円余分にかかるが、行程の確実性と安全性を考えて保険をかけたのである。まずは無事に対馬へたどり着かないことにはどうしようもない。
席を予約できても出港の30分前までには窓口で手続きをしなければならないし、1等と言っても2等指定と同様、定員制自由席であって良い部屋や場所を確保するには早くから改札に並ぶ必要もあるため、仕事終わりから向かうにはややタイトな行程であることは間違いない。


[16] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:49 No.6374
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対馬市斎場「霊光苑」炉前

植栽の後ろに窓があったため、覗いてみる。
左手に火葬炉があり、左奥が収骨室となっている。


[17] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:50 No.6375
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対馬市斎場「霊光苑」炉前

正面側から見てみると2基の火葬炉が見えた。


[18] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:50 No.6376
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豊玉町営火葬場跡地

続いて、豊玉町営火葬場の跡地に立ち寄る。
資料によると、昭和44年度に建設されたそうである。
場所で言うと、道路を挟んで霊光苑の左後ろ側付近であるが、現在は空地となっている。
特に慰霊碑のようなものは見当たらなかった。


[19] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:50 No.6377
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対馬市斎場「峰浄苑」

次は、北に13.9キロ離れた対馬市斎場「峰浄苑」に向かう。
旧峰町建設の火葬場で、平成13年に完成し、2基の火葬炉がある。
進入路入口脇に設置されている案内板には、峰町火葬場と記載されている。


[20] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:51 No.6378
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対馬市斎場「峰浄苑」

案内看板の角を曲がり山を上って数分、火葬場に到着したものの、出入口がネットで厳重に閉鎖されている。休場日のようだ。
予習のため見ていたグーグルマップストリートビューでこのネットの存在には気付いており、対策としては少し手前に引いたアングルであれば建物全体を撮影できることが分かっている。
建物下部にかかるフェンスが少々気にはなるが、やむを得ない。
「峰浄苑」という愛称はあるものの、建物入口上部には単に峰町火葬場と掲示されている。


[21] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:51 No.6379
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峰町営火葬場跡地

次は近隣にある峰町営火葬場跡地に立ち寄る。
ここは、峰村の時代の昭和44年に建設された火葬場であった。
対馬市斎場「峰浄苑」から直線距離では200メートル程であるが、進入路が入り組んでいるため一度東側に遠回りしていかなければならない。
くねくねとした細い道を通っていくと、右手に目指す空地が現れた。
特に慰霊碑や霊灰塔といったものはないようだった。


[22] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:52 No.6380
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対馬市斎場「浄心苑」跡地

次は、対馬市斎場「浄心苑」跡地に向かう。
ここは、旧上県町が昭和53年に建設した火葬場であり、対馬市図書館で町史を読んだところ、建設当時、対馬で初めて無煙無臭炉を設置したとのことである。
それ以前には、昭和25年度に集落で建設された薪式の火葬場があったが、老朽化や燃料の入手困難等で浄心苑の建設につながった。
国道から脇に逸れて細い道を進み、更に右側に曲がって進むと突き当りに跡地がある。
ところが、進入路途中に柵が設けられており、これ以上進めない。
林の向こう側にうっすらと跡地が見えるのに残念である。
無理やり撮影してみたところ、空地と空地右手側に慰霊碑らしきものが建立されているのがかすかに見えた。


[23] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:52 No.6381
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対馬市斎場「浄華苑」入口

次は、対馬市斎場「浄華苑」に向かう。
対馬市斎場「浄心苑」跡地からほどなく対馬市斎場「浄華苑」入口に到着した。
看板は単に「浄華苑」との記載で、知らなければ火葬場とは分からないようになっている。


[24] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:53 No.6382
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対馬市斎場「浄華苑」

坂道を上りきったところに「浄華苑」が現れた。新たな場所に建設されただけあって、山の上の奥まった静かなところに位置している。
入口側に火葬棟がある。
ここは、かつてあった旧上県町建設の「浄心苑」と旧上対馬町建設の「清華苑」の統合施設となっていて、平成21年に完成し、2基の火葬炉がある。
施設名も、統合された2箇所の名称の合成となっていて、双方への配慮が感じられる。
各町史を読むと、上県町と上対馬町は対馬市になる前から統合火葬場の建設を計画していたことが分かる。


[25] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:53 No.6383
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対馬市斎場「浄華苑」

奥側から撮影した。
敷地と建物が細長いため、微妙に撮影が難しい。


[26] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:55 No.6384
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対馬市斎場「清華苑」跡地

次は、対馬市斎場「清華苑」跡地に向かう。
ここは広い通り沿いにあり、アクセスは比較的簡単である。
あっさりと跡地入口に到着したが、門で封鎖されている。


[27] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:55 No.6385
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対馬市斎場「清華苑」跡地

門から撮影した。
奥を見ると、太鼓橋を渡って右手側に跡地が見える。
よく見ると、跡地左奥側の建物があったと思われる場所には植樹がなされていた。
さて、無事撮影も終わったので、行きとは逆に対馬を南下し、厳原のホテルに向かう。
スケジュール上は、帰りがけにも撮りなおしをしたい火葬場や跡地に立ち寄れるよう考慮していたが、特にやり直したい火葬場はなかったため、途中で韓国展望所に寄ってから厳原に帰ることにした。


[28] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:56 No.6386
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韓国展望所から見た釜山方向

韓国展望所から見た景色である。
その名のとおり、見通しがよければ50キロ先の釜山広域市を望むことができるが、この日は霧が出ていて肉眼では韓国の山がうっすらと見えたものの、釜山の街は見えなかった。
掲示してある写真によれば、夜間には釜山の街の灯りが見えるようだ。
その後、地元のスーパーで食料等を買い込み、厳原のホテルにチェックインした。
当初は、経費節減のため車中泊を考えていたが、前日に船中泊(風呂やシャワー設備なし)をしていて、2日続けて風呂に入らないのは周りに迷惑をかけるので、自制してホテルで汗を流すことにしたのである。
お酒が嫌いで繁華街で遊ぶ習慣もないため、取材の夜はホテルで火葬場仲間内に撮影したての写真や資料を送り付けるなどしておとなしく過ごすのが通例である。
多くのブロガーのように、現地の料理と酒を並べることができれば、かなり映える写真が撮れるだろうが、お酒に弱いため翌日の行程を考えるとおとなしくせざるを得ないという方がより適切かもしれない。
昨日からやわらかい布団で寝ていないため、夕方に風呂に入ってから横になると直ぐに寝入ってしまった。


[29] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:57 No.6387
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フェリーきずな

翌日の朝は撮影予備日としていたが、特に撮りなおしの火葬場もないため、対馬市図書館で各種資料を見るなどした後、近隣の観光をする。
その後、お土産を買い込んでから車を返却し、早めの14時頃に厳原港国内ターミナルへ到着した。
次は、今回の最終目的地である壱岐島に向かう。
船は15時25分発のフェリーきずな227便博多行きで、対馬発なので利用者も少ないとみて先着順の2等じゅうたん席とした。運賃は3040円である。
実際、オフシーズンの平日なこともあってか、厳原出港時には余裕のある船内で、広いじゅうたん席1区画につき各数人程度の旅客であった。
この船は、うっかり寝過ごすと博多まで連れていかれるため、じゅうたん席で横にならずにできるだけ船内を歩き回ったり、デッキに出て外の景色を眺めたりして寝入らないようにした。
仮に博多まで行ってしまうと、20時過ぎという到着の時間から自宅に帰ることができる最終列車連絡の新幹線に乗り継げず、博多もしくは新大阪で宿泊するか、再度、対馬・厳原行の夜行フェリーちくしで折り返して朝の2時過ぎに壱岐島の芦辺港に到着し朝まで路頭に迷うかという選択を迫られる。
そんな金だけかかって何も得るものがない罰ゲームはしたくないため、コーヒーを駆使するなどしてなんとか睡魔に打ち勝ち、定刻通り17時30分に壱岐・郷ノ浦港に到着した。
旅客は私を含め7人ほどが下船した。


[30] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:57 No.6388
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郷ノ浦港

壱岐島は、博多から北西に約80キロ離れた場所に浮かぶ離島で、かつて4つの町が存在していたが平成の大合併で一つになり、壱岐市となっている。
本庁舎はこの郷ノ浦町に置かれている。
予約していたレンタカー会社は18時閉店で、店舗までは港から徒歩15分位かかり、時間ぎりぎりになりそうで焦っていた。
ところが、フェリーを下船すると、港まで社員の方が車ごとお迎えにこられており、その場で手続きをして料金を支払い車を借り受けることができた。30分程度の時間を節約でき、非常にありがたいことである。
ただし、港で支払いをするため、カードは使用できず、現金のみの取り扱いとなっている。
その足で、壱岐葬斎場「ひなたの丘」に向かう。
時刻は18時近かったが、大阪に比べて西にあるためか、この時期でもまだ日は沈んでおらず、明るいうちに撮影ができそうである。
火葬場は、郷ノ浦港から約6キロ北に行った地点にあり、少なくとも先々代の施設からこの位置にあることが分かっている。
ここは2020年に建て替えられた新しい火葬場である。
先代施設は昭和62年、先々代施設は昭和45年に建設されており、比較的建て替えが早いサイクルで行われている。


[31] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:58 No.6389
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壱岐葬斎場「ひなたの丘」

郷ノ浦町市街で少し混雑したものの、港から15分程度で「ひなたの丘」に到着した。
進入路入口ではまだ新しい看板が出迎えてくれる。


[32] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:58 No.6390
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壱岐葬斎場「ひなたの丘」

道を上がって行くと程なく火葬場が現れた。
令和の建設で、まだまだ新しい。
見たところ、非常にシンプルな造りで、無駄がないように見えた。
建物右方向には、庇付の通路が伸び、駐車場から濡れないで建物内に入ることができるように配慮されている。


[33] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:58 No.6391
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壱岐葬斎場「ひなたの丘」駐車場(旧施設跡地)

現在、駐車場になっている左奥あたりが旧火葬場の建っていたところである。
各郷土資料を見ると、次のことが分かった。

・明治33年、南触に火葬場が出来た。
・昭和30年、勝本町が鯨伏村と合併する際に神岳火葬場が存在していたが、山深いところにあり遠く、かつ非衛生な施設て利用が少ないため適当な場所に簡易火葬場を建設する計画があった。
・昭和36年12月時点で壱岐保健所管内に19箇所の火葬場があった。
・昭和45年4月1日に壱岐郡火葬場(先々代施設)が供用開始した。

以上のように散発的なことは分かるが、先々代以前の火葬場について体系的に説明できるだけの情報はまだ得られていない。
昭和45年に、この地が壱岐島の火葬の地となって半世紀以上が経過した。
遠い将来、この火葬場が建て替えとなった場合でも、これまで同様に隣接地に建設されるのだろう。


[34] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:59 No.6392
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壱岐葬斎場「ひなたの丘」から見た夕日

長い一日が終わり、日が暮れていく。
ひなたの丘という名称のイメージから、朝日が良く見えるのかと思っていたが、実際には夕日が映える立地であった。
これは現地に来てみないと分からないことであった。
火葬場を見に来ただけとはいえ、夕日を見ると、明日の朝にはもう壱岐を離れるのかと少し寂しい気分になる。
撮影も終わったので、一度、郷ノ浦市街に戻り、地元のスーパーで食料を仕入れる。
各種口コミを見ると、寿司や刺身がお勧めとのことだったので、それに従う。
また、壱岐のおみやげコーナーもあり、ついつい色々と買い込んでしまった。
宿は郷ノ浦町ではなく、北部の勝本町に取った。
予約した宿には温泉が併設されており、非常にリラックスすることができた。
ただし、ナトリウム塩化物泉であったため、風呂上がりには良く落としておかないとべとつくことがあるので注意が必要だ。
明日は、特にやり直しの取材をする必要はないが、船の時間が早いため寝過ごさないようにしなければならない。
目覚ましをセットすると、丸2日間も車でフル稼働したためかすぐに寝てしまった。


[35] 名前:こむすび(本投稿最終) :2025/04/02 (水) 20:00 No.6393
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ジェットフォイル「ヴィーナス」

さて、翌日の早朝、宿をチェックアウトしてガソリンスタンドにて給油し、そのまま郷ノ浦港に向かった。
給油はわずか2リットルであった。何となく店員さんに申し訳ない気分になったので、カードはやめて現金で支払った。
車貸出の際に説明を受けたところによると、返却は郷ノ浦港駐車場の空いている場所に停めておけばよいとのことである。
恐らくGPSが装着されていて駐車場所を探索できるようにしているのだろう。
返却時には、車内に満タン給油証明書とカギを一緒に置き、その後、レンタカー会社に車を港駐車場に停めたという連絡をする必要がある。
博多行きのジェットフォイル122便は9時20分発なので、余裕を持って8時前には港に到着した。
壱岐島は15時間程度の短い滞在時間で、図書館での資料閲覧や観光は全くできなかったところは反省点である。再訪の際は、図書館や一支国博物館等にも寄ってみようと思う。
ターミナル内に入ると既に出札窓口は開いていたので、乗船名簿に予約番号を併記してジェットフォイル乗船券を購入する。運賃は6210円である。
ジェットフォイルといえば、かつて五島の福江から長崎まで九州商船のものに乗船したことがある。
高速で揺れも少なく極めて快適であったが、翼走時には80キロ超という高速になることと、旋回時には飛行機同様、船体を傾けて曲がるためシートベルトの着用が義務づけられている。
本来であれば、出港の状況を撮影して締めの写真とするところだが、そのような事情で乗船後は歩き回ることが難しく写真撮影はできなかった。
出港時間になると、キュイイーンというガスタービンの高い音が響き船は動き出した。
窓から眺めると、フェリーとは比べ物にならない加速で郷ノ浦港や壱岐島が遠ざかっていく。
対馬市斎場「霊光苑」を除いては、当面廃止・統合・建て替えはなさそうなので、再訪するとしてもそれなりに時間が経ってからになるかもしれない。
これで対馬・壱岐の現役火葬場については全て訪問することができた。
仕事帰りの夜行フェリー乗船から始まった3泊4日にわたる島の火葬場訪問は、あっという間に終わってしまった。
その長いようで短かった行程を思い返しているうちに、10時30分、船は博多へ入港した。
ああ、これで終わりなのか…
否!、まだまだ私の火葬場訪問は終わらないのである。
なぜ、壱岐島での余裕時間や図書館資料閲覧の時間を削ってまで、夕方ではなく朝一のジェットフォイルに乗船したのか。
それは、朝一の便だと午前中に博多へ戻ってこられるので、その後の時間を最大8時間程度、福岡県や佐賀県の未訪問火葬場の撮影に充てられるためである。
体調や翌日からの勤務を考えると、素直にそのまま新幹線で帰阪して夕方から家でおとなしく過ごすのが正しいサラリーマンの姿であるとは思われるが、遠方に来る機会がそうないため、悪い癖で日程を詰め込んでしまうのである。
そうして、ジェットフォイルを下船するとそのまま博多ふ頭のバス停へ向かった。既に47系統の博多駅経由那賀川営業所行きバスが待機しており、急いで乗り込む。
30分後にはレンタカーに乗り、未訪問の火葬場に向けて運転していることだろう。
こちらのスケジュールは島の火葬場ほど厳密には決めていない。
その時の気分によって行き先を決めるつもりだ。
まずは…西の方から行ってみよう。



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