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北広島町と安芸太田町,旧吉和村の火葬場も巡る
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 20:59 No.5518

これまで,広島県北地域の三次市,庄原市,安芸高田市を紹介してきた。
いずれも,火葬場の整理・統合をすすめ,ほぼ完遂したところである。
今回は,広島県北地域の最後として,山県郡北広島町及び安芸太田町を取り上げる。
と,言っても枚数がそんなにないことを先にお断りしておきたい。
まず,火葬場の現状からみる。
北広島町は,現在,3施設を運用している。
合併後,1施設の改築を行っただけで,火葬場の廃止・統合はしていない。
各地域が比較的離れていることや,豪雪地帯で山越えが厳しいこともあるためだろう。
一方,安芸太田町は,1施設を運営している。
合併前は3施設あったが,合併後,火葬場の新築と廃止・統合を行ったところが北広島町と異なる。
では,北広島町の火葬場から見ていこう。
北広島町は2005年2月1日に千代田町,大朝町,豊平町,芸北町が合併してできた町である。
合併前からそれぞれの町が火葬場を有していた。(大朝町は,島根県邑南町の「紫光苑」を共同運営)
島根県との県境の町で,特に芸北地域は豪雪地帯で知られ,スキー場も多い地域である。
北広島町慈光苑
旧千代田町の火葬場である。
2008年11月28日完成,2基の火葬場である。
旧慈光苑は1970年完成の煙突施設であったが,老朽化が進み改築となった。
なお,旧大朝町域は,かつて島根県邑南町の「紫光苑」を共同運営し,そちらを越県して使用していたが,近年,慈光苑利用者が増えてきたため,令和3年3月31日に共同運営を解消している。
訪問した際は,柵があったため遠目から撮影。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:00 No.5519

建物を望遠で撮影。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:00 No.5520

雪化粧した慈光苑。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:01 No.5521

北広島町光寿苑
旧豊平町の火葬場である。
1997年12月31日完成,1基の火葬場である。
ここも2回ほど行ったが,いずれも使用中だったのでこちらも遠目から撮影。
町の資料を見ると,裏山が崩れて建物が破損したことがあったようだ。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:01 No.5522

北広島町浄寿苑
旧芸北町の火葬場である。
1976年3月31日完成,火葬炉1基の施設である。
北広島町の施設の中では一番古い。
まずは看板から。
非常に歴史を感じさせる看板だ。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:01 No.5523

奥が火葬棟で四角い建物である。
昭和50年代が感じられる。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:02 No.5524

反対側から撮影。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:02 No.5525

入口の様子。
ここも例の資金で建設されている。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:03 No.5526

裏側に回ると,短い排気塔があった。
後ろ向きに排気するようになっている。吉舎斎場と似たような造りだ。
燃料は灯油である。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:03 No.5527

内部が見えるところがあったので撮影した。
1基の炉が見える。台車式である。
うまく写せなかったが,炉前上部に,「喪主の方」へという張り紙があった。
「納棺が終われば管理者の指示に従ってアフターバーナーのスイッチを入れてください。」と記載してあった。
アフターバーナーとは再燃炉のことだろうか。疑問は尽きないが裏手に回ってみる。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:03 No.5528

炉裏の様子である。
例により機械には明るくないのでメーカーは不明である。
アフターバーナーの謎も解けなかった。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:04 No.5529

霊灰塔である。
これで北広島町は終了なので,次は,安芸太田町に移動する。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:05 No.5530

安芸太田町は,2004年10月1日に戸河内町,加計町,筒賀村が合併してできた町である。
各町村が火葬場を有していたが,合併後に新築と廃止・統合が行われた。
観光地として三段峡が有名で,かつてそこまでJR可部線が伸びていたが,2003年12月1日,利用者減により可部駅から三段峡駅まで廃止された。
安芸太田町千風苑
2008年建設で2基の火葬場である。
安芸太田町には,旧戸河内町に煙突を備える土居火葬場があったが,2009年度に解体された。
他にも,旧加計町に加計天竺苑があったが,こちらも廃止され解体された。
両火葬場の跡地は巡っていないので画像はない。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:05 No.5531

火葬棟のアップである。
この時は,使用中で写真が撮れなかった。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:06 No.5532

安芸太田町筒賀火葬場
ここは,1995年に建設された1基の火葬場である。
この火葬場へは,急な坂道を上る必要があるが,訪問した時期が冬季で一面雪だったため,車を坂の下に駐車してなんとか徒歩で到達した。
1995年の建設だけあって新しい施設である。
ただ,千風苑から直線距離で2キロ程度と近く,千風苑の供用開始からしばらく並存していたものの,2012年度に廃止,解体された。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:06 No.5533

火葬棟を撮影。
上に排気口が見える。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:07 No.5534

建物内部の画像。
炉前は見えなかった。
やや殺風景な印象を持った。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:08 No.5535

これで,広島県北地域の火葬場はほぼ網羅できたと思う。
市町村合併に伴い,十数件の火葬場が一気に消えた。
JR線も廃止された地区もあり,それだけ,人口も減少が深刻だということだろう。
しかし,行政も工業団地を誘致したり,広島ICから車で30分前後という距離を生かしたベッドタウンとしての町づくりを模索するなど対策を打ち出している。
これらの施策が功を奏し,これ以上火葬場が減らないことを祈念して本レポートを終わりたい。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:09 No.5536

と思ったが,まだ終われない。
こちらも県北地域かと思って,廿日市市西浄苑の画像も最後に添付しておきたい。
廿日市市西浄苑
昭和52年11月1日完成,1基の火葬場である。
平成11年に炉の更新を行っている。
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名前:こむすび
:2022/05/23 (月) 21:09 No.5537

左側窓から撮影。
奥の左手が炉前であるが外からは見えないようになっている。
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名前:こむすび(最終)
:2022/05/23 (月) 21:12 No.5538

排気口の様子。
普通に後出しでもよいのではと思ったが,何らかの事情があって上に配管が曲げられている。
さて,これで県北地域の火葬場紹介は本当に終わりである。
広島県北地域の火葬場をこうして4本にまとめましたが,ご覧いただいた方に感謝申し上げます。
暇ができたと思ったら,いきなり転勤になったので,今後はペースを落として投稿します。
それではまたお会いしましょう。