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天川村火葬場 三代
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:13 No.5257

奈良盆地を抜け,奈良県南部の山間部を進んでいくと程なく大自然に包まれた天川村に到着する。
この天川村には,かつて火葬場が天川村火葬場及び天川村洞川火葬場の2か所存在したが,令和2年4月1日に新しい天川村火葬場が供用開始し統合された。
まずは,旧天川村火葬場である。
この旧天川村火葬場は,平成22年度に大規模改修をしている。
詳しい内容は,当時の町広報を検索すれば写真付きで出てくるので興味のある方は参照してほしい。
これは,大規模改修後のものである。
建物右手に新たに火葬棟が建設されている。
背の高い建物がそうである。
炉数1とはいえ,10年ちょっとで廃止になってしまったが,元は取れたのだろうか。
いや,元を取るという概念は火葬場に持ち込むのには無理があろうか。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:13 No.5258

時間を少しさかのぼって,こちらが大規模改修前の旧天川村火葬場である。
資料によると1991年に建設されたそうだ。
左奥に短い煙突が見えるように,改修前は,建物左手奥に火葬炉があった。
改修後の旧炉スペースは待合等に転用された。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:14 No.5259

続いて,天川村洞川火葬場である。
ここは,洞川地区の墓地を抜けて階段を上がったところにあった。
葬送の際はさぞ大変であったことだろう。
この墓地に曲がる道が大変細く,車で来ると見逃してしまう。
どちらにしろ,手前の墓地にも車では行けないので,火葬場に行きたければ離れた町営駐車場にとめて10分程歩くことになる。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:14 No.5260

火葬場自体は思ったより新しそうだが,1980年に建設されている。
コンクリート造りのシンプルなデザインだ。
普通の人なら火葬場だと気付かないだろう。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:14 No.5261

建物入口である。
扉も古そうで長年使われていないように見える。
手元の資料では,平成23年から27年の間には利用者なしとのこと。
このことから,ここはもう使用していないのではないかと推察する。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:15 No.5262

左手側面である。
窓から燃料系と思われるチューブが出ている。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:15 No.5263

裏側に回ってみた。
短い煙突が建物に寄り添っているように伸びている。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:15 No.5264

右手側面である。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:16 No.5265

さて,この2施設であるが,冒頭に述べたように令和2年4月1日に新たな火葬場が供用開始されて廃止になった。
新たな施設は,洞川地区から西側に行った道の途中にある。
地区としては洞川地区内にあたる。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:16 No.5266

道路側から撮影。建物の奥側(画面右側)に火葬炉がある。
火葬炉は1基で,宮本工業所製である。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:16 No.5267

施設名称は,ずばりそのまま「天川村火葬場」である。
特に愛称はないようだ。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:17 No.5268

正面のガラスから中を覗くと,奥が炉前となっており,手前に椅子が並んでいる様子がみえる。
炉前スペースがやたら広く感じた。
炉は右側にある。
正面からも写真を撮ったが,扉が2枚あるため私の姿が写りこんでしまうので,横から撮影したものでご容赦を。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:18 No.5269

後ろ側に回ってみる。
燃料は灯油である。
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名前:こむすび
:2022/03/14 (月) 21:18 No.5270

最近の火葬場は大抵そうであるように,排気口は通常の方法では見えないように処理されている。
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名前:こむすび(最終)
:2022/03/14 (月) 21:19 No.5271

これまでの施設を引継いたこの新しい火葬場は,今後も天川村の人々を見守っていくことだろう。
末長い活躍を期待して本レポートを終了したい。