掲示板へ戻る /全部 /1- /最新20 /▼ラスト
(仮)湖北火葬場見学記
- [1]
名前:東博君★
:2008/05/25 (日) 01:54 No.575

いよいよ夏の終わりに姿を消してしまう湖北火葬場。
既に渓流ファンさんが詳細にレポートなさっているので、皆さんよくご存知の事と思います。
改築までの間、可能な限り記録していく予定です。
煙さんの旧千葉、渓流さんの岡谷、二つの写真を拝見して、
この二つだけは外せないと思ったのは、もう何年前の事だろう・・・
詳細に記録するには、関係各所のご理解ご協力が不可欠です。
ご迷惑にならないように心がけましょう。
以下、原則として画像サイズは大きめにしています。
- [2]
名前:東博君★
:2008/05/25 (日) 01:56 No.576

この日は火葬業務が入っていました。
排気筒から陽炎が立つのみで、可視煙は全くありません。
火葬や後片付けが終わるまで、土手横のゲートボール場の休憩場所で1時間余り待たせて頂きました。
土手には目隠しを兼ねてか、大きな木が茂っています。
ゲートボールをしていたご老人によると、
「この木は最近だよ、何十年になるかな・・・」との事でした。
なるほど、火葬場の歴史に比べたら確かに最近です。
- [3]
名前:東博君★
:2008/05/25 (日) 01:59 No.577

旧千葉と同様、非常に凝った懸魚がありました。
- [4]
名前:東博君★
:2008/05/25 (日) 02:00 No.578

こちらは、建物入口の唐破風の懸魚。
よーく見ると、天女と鳥が舞っているようです。
- [5]
名前:東博君★
:2008/05/28 (水) 08:44 No.602

どこかで見た事のあるアングル。
ちょっと真似させて頂きました。
すごく風合い豊かです。
細かなディテールや質感まで記録したいものです。
でも、これがなかなか難しい、
新しい火葬場を撮るのと比べると、すごく難しい。
この日、カメラと腕の限界を感じました。
- [6]
名前:東博君★
:2008/05/28 (水) 08:45 No.603

70年近く現役公共施設として機能出来た事は、元々の造りが良い証だと思います。
消え行く火葬場は全て記録していく必要があると思いますが、ここは特に歴史的文化的価値が高いと思います。
しかし、火葬場を記録していく者は、、、我々しか居なさそうです。。。
後の世代の火葬場オタク(?)の為にも、出来うる限りの努力をして記録する必要があります。
地上デジタル放送が普及すれば、モニタの高解像度化が進むと思います。
岡谷の分は、試しに大きな画像で掲載してみます。
- [7]
名前:東博君★
:2008/05/28 (水) 08:50 No.604

建物の取り壊しはまだ先ですが、
改築工事の手始めとして、間もなく仮設炉設置工事が始まります。
静かな佇まいを見るのは、これで最後になるでしょう。
- [8]
名前:東博君★
:2008/06/05 (木) 10:21 No.659

ここのところ天気の悪い日が続き、あれから行く機会に恵まれません。
車寄せからロータリーの方を見てみます。
電柱の奥辺りに仮設炉が設置されます。
- [9]
名前:東博君★
:2008/06/05 (木) 10:23 No.660

電柱に建築計画のお知らせの看板がありました。
ここの火葬場は、湖北行政事務組合が管理運営していますが、
実際の事務は、岡谷市の市民生活課で行っています。
更に改築の実務は、都市計画課が行っています。
火葬場の改築実務を都市計画課が行うのは珍しいですが、
建築に長けた部署が行うのも合理的な事だと思います。
- [10]
名前:東博君★
:2008/06/05 (木) 10:23 No.661

元管理人住宅です。
改築中は、この場所に仮の火葬場を作って火葬業務を行います。
既にこの住宅は解体され、仮設火葬場の建設に入ってる頃だと思います。
- [11]
名前:東博君★
:2008/06/05 (木) 10:24 No.662

隅にいらっしゃる地蔵様。
仮設炉工事予定地の近くにあり、今後の行方が気になります。
- [12]
名前:東博君★
:2008/06/05 (木) 10:25 No.663

地蔵様付近から火葬場を見てみます、が、モロに逆光。
梅雨の合間の晴間があれば行ってみたいのですが、なかなか・・・
- [13]
名前:東博君★
:2008/06/11 (水) 12:01 No.691

このところ週間天気予報と睨めっこです。
お陰で天気に恵まれました。
新宿からのバスは火葬場のすぐ近くを通り、上諏訪を過ぎると乗客は私一人になってしまいました。
この日も市役所に用事があったので、岡谷市役所前で降りました。
バス停のそばには、現在は消防本部として使われている旧市庁舎があります。
昭和11年築、火葬場と同様に歴史のある建物です。
- [14]
名前:東博君★
:2008/06/11 (水) 12:02 No.692

火葬場の方はというと、工事も始まり多少慌しさもあります。
管理人住宅は姿を消しました。
横の道は、近所の年配の方々の散歩道にもなっています。
- [15]
名前:東博君★
:2008/06/12 (木) 13:22 No.697

仮設炉予定地です。
少しでも広く使うためか、横の木を移植するようです。
- [16]
名前:東博君★
:2008/06/12 (木) 13:23 No.698

今のところ、お地蔵様は無事でした。
- [17]
名前:東博君★
:2008/06/12 (木) 13:24 No.699

管理人住宅がなくなり、施設全体が見渡せるようになりました。
建物工事が始まると見えなくなるので、今だけのアングルになりますね。
- [18]
名前:東博君★
:2008/06/12 (木) 13:25 No.700

工事中の箇所を避けて撮ろうとしましたが、なかなか良いアングルがありません。
- [19]
名前:東博君★
:2008/06/12 (木) 13:25 No.701

>この日、カメラと腕の限界を感じました。
という事で、カメラを買い換えました。
思い起こせば、臨海斎場見学会があるから初めてのデジカメ、パナのFZ10を買い、
旧千葉を撮るためにニコンのD70、そして岡谷を撮るためにD80に。
デジカメを買った当初、火葬場はあまり撮る予定ではなかったのですが・・・(苦笑)
D70と比べて露出の傾向が真反対、馴れるまでは大変そうです。
木造の建物を撮るのはすごく難しいです。
徐々にカメラに馴れていこうと思います。
- [20]
名前:東博君★
:2008/06/12 (木) 13:26 No.702

あちこちにプランターに植えられた花があります。
職員さんが植えられたのでしょう。
少しでも訪れる方の心を癒そうという気配りを感じます。
- [21]
名前:東博君★
:2008/06/12 (木) 13:27 No.703

訪れた時はお留守でした。
外だけ拝見する事にします。
- [22]
名前:東博君★
:2008/06/12 (木) 13:28 No.704

既出ですが装飾を二点。
- [23]
名前:東博君★
:2008/06/12 (木) 13:29 No.705

唐破風の懸魚。
- [24]
名前:東博君★
:2008/06/12 (木) 13:29 No.706

待合棟の入口上。
装飾ではありませんが、電話番号が書かれたプレート。
これまた随分と古そうです。
- [25]
名前:東博君★
:2008/06/12 (木) 13:30 No.707

火葬棟から渡り廊下を経て待合棟に繋がっています。
ここで印象的なのは香りでした。
火葬棟は、ほのかに線香の香りがして、建物の雰囲気と相まってお寺そのものです。
渡り廊下に入ると、遙か彼方昔に何処かで覚えのある香り。
子供の頃に通った、小学校の木造校舎の香りを思い出しました。
職員さんが戻られるのを待ちたいところではありますが、
バスの時間もありますので、そろそろ帰る事にします。
- [26]
名前:東博君★
:2008/06/14 (土) 20:14 No.721

車寄せ。
- [27]
名前:東博君★
:2008/06/14 (土) 20:15 No.722

柱のアップ。
- [28]
名前:東博君★
:2008/06/15 (日) 00:03 No.724

(一時投稿)
千葉の唐破風。
サイズ注意 3008x2000 1.02MB
- [29]
名前:東博君★
:2008/06/15 (日) 00:07 No.725

(一時投稿)
岡谷の唐破風。
よく見ると、岡谷の方はボルトが使われています。
蜂の巣も写ってますが空き家です。
サイズ注意 3000x2008 1MB
- [30]
名前:東博君★
:2008/06/15 (日) 01:08 No.726

(一時投稿)
もう1枚だけ大きめサイズで。
3872x2592 2.68MB
火葬棟に目がいきがちですが、待合棟もなかなか味があります。
屋根に所々白っぽい染みみたいなのがあります。
(ピクセル等倍で見ると分かり易いです)
これは、瓦に生えたコケです。
火葬棟の瓦は比較的新しく見えますが、こちらの瓦はかなり古そうです。
中の待合室は、壁や天井は新しくなっています。
しかし冷房はないそうで、夏は暑いそうです。
- [31]
名前:東博君★
:2008/06/21 (土) 19:15 No.766

そういえば工事の様子は写真に撮っていませんでした。
8とほぼ同じアングルになりますが、左の砂利を敷いてある部分が利用者用の駐車場です。
火葬が重なると駐車場はかなり手狭になります。
本当は近くに駐車場を借りれば良いのでしょうが、そう簡単にはいかないのでしょう。
- [32]
名前:東博君★
:2008/06/21 (土) 19:20 No.767

木を移動したお陰で、横の土手からも火葬場が見え易くなりました。
美しい屋根です。
やっぱ、どう見てもお寺ですね。
ここから唐破風のアップを撮りたいけど、望遠を持っていませんorz
安いのを買っても良いのですが。。。
- [33]
名前:東博君★
:2008/07/24 (木) 23:52 No.902

7月24日、梅雨も明けて暑くなりました。
1ヶ月以上ぶりの岡谷です。
この日は友引日でしたが火葬が入っていました。
行ったタイミングが悪く2時間以上も待つ事に・・・
- [34]
名前:東博君★
:2008/07/24 (木) 23:53 No.903

会葬者から見える所でパチパチ写すのも良くないので、川の対岸から。
安い望遠レンズを買ったのが早速役に立ちました。
仮設炉の工事も順調に進んでいるみたいです。
- [35]
名前:東博君★
:2008/07/24 (木) 23:54 No.904

会葬者の方々はお帰りになった様子なので火葬場へ。
この道は、火葬場より先は一方通行になります。
- [36]
名前:東博君★
:2008/07/24 (木) 23:55 No.905

石灯篭が無くなっています。
石灯篭のあった場所は、新火葬場工事の進入路になるような感じです。
- [37]
名前:東博君★
:2008/07/24 (木) 23:55 No.906

仮設ながら待合棟も完備するようです。
- [38]
名前:東博君★
:2008/07/24 (木) 23:56 No.907

完成は21年12月21日となっていますが、新火葬場完成後に仮設炉を撤去の日が完成だと思われます。
- [39]
名前:東博君★
:2008/07/24 (木) 23:57 No.908

既に火葬炉は搬入され、炉体はブルーシートで覆われていました。
- [40]
名前:東博君★
:2008/07/24 (木) 23:58 No.909

こちらが仮設炉入口。
炉は2基、建物の幅は3間というところでしょうか
狭そうな仮施設ですが、工事中に他の火葬場に回されるよりは良さそうですね。
- [41]
名前:東博君★
:2008/07/24 (木) 23:59 No.910

工事で慌しくなってはいますが、現火葬場は静かな佇まいです。
- [42]
名前:東博君★
:2008/07/25 (金) 00:01 No.911

この日は職員さんがいらっしゃいました。
1年以上前に1度でけお会いした方で、今春に定年退職なさり、新火葬場完成まで引き続き臨時で働かれるそうです。
煙突があった頃からいらっしゃる方で(炉の更新は昭和56年)、岡谷市火葬場の昔を知る数少ない方です。
歴史ある火葬場にベテラン職員さん、良い意味の重さを感じます。
- [43]
名前:東博君★
:2008/07/25 (金) 02:26 No.912

(一時投稿)
公示物を二つ。
事業説明パネル
(2592x3872 約1.7MB)
- [44]
名前:東博君★
:2008/07/25 (金) 02:28 No.913

現火葬場、利用の案内。
- [45]
名前:東博君★
:2008/07/25 (金) 02:56 No.914

気が付けばもう5時を回っていました。
あっという間に時間が過ぎます。
帰らないと。
- [46]
名前:東博君★
:2008/07/28 (月) 02:54 No.916

撤去された石灯篭。
まあ、これは新火葬場になっても再利用されるかも知れませんね。
- [47]
名前:東博君★
:2008/08/08 (金) 09:55 No.1009

この日は夜行列車で岡谷へ。
早朝の4時到着です。
- [48]
名前:東博君★
:2008/08/08 (金) 09:55 No.1010

仮設炉の建設も進み、足場も取り外されていました。
- [49]
名前:東博君★
:2008/08/08 (金) 09:56 No.1011

排気筒のアップ。
- [50]
名前:東博君★
:2008/08/08 (金) 09:56 No.1012

朝なら順光となり、撮影し易いかと思ったのですが、雲が多くイマイチでした。
- [51]
名前:東博君★
:2008/08/08 (金) 09:57 No.1013

天女のアップ。
正面からの天女の写真は、いつもだと光に邪魔されて上手く撮れなかったけど、曇り空のお陰で何とか。
3000x2000 1MB
- [52]
名前:東博君★
:2008/08/08 (金) 09:58 No.1014

8時近くになると晴れてきました。
いつもは逆光のこのアングルも、朝だとキレイに撮れました。
しかし、この日は8時半から火葬が入っています。
葬儀社の方も待合室の準備にお見えになり、慌しくなりそうなので、そろそろ帰る事にします。
- [53]
名前:東博君★
:2008/08/10 (日) 00:35 No.1015

(一時投稿)
鬼瓦
3872x2592 1.42MB
- [54]
名前:東博君★
:2008/09/02 (火) 02:52 No.1094

旧湖北火葬場最後の日
2008年8月31日17時49分
- [55]
名前:東博君★
:2008/09/03 (水) 05:45 No.1095

(一時投稿)
昭和15年11月竣工。
日独伊三国軍事同盟の成立、大政翼賛会発足、
戦艦大和はまだ建造中という、歴史の教科書でしか知らない時代です。
全ての火葬業務が終わったばかりの旧湖北火葬場です。
- [56]
名前:東博君★
:2008/09/03 (水) 05:46 No.1096

(一時投稿)
翌日この看板は取り外され、仮設の湖北火葬場へ移されました。
職員さん「文字が薄くなったねぇ、あの写真の頃(渓流さんが最初に投稿なさった写真)はくっきりだったのに」
- [57]
名前:東博君★
:2008/09/03 (水) 05:48 No.1097

(一時投稿)
書きたい事は山ほどありますが、何て書いて良いのやら分かりません。
また改めてレポートさせて頂きます。
- [58]
名前:東博君★
:2008/09/03 (水) 23:50 No.1099

建物の裏側はまだ見ていませんでしたね。
左側には待合棟があり、右側の木の右にあるプレハブは工事用の事務所です。
青い屋根のプレハブは畑の物置のようで、火葬場とは関係ありません。
- [59]
名前:東博君★
:2008/09/03 (水) 23:51 No.1100

待合棟の裏から進んで行きます。
- [60]
名前:東博君★
:2008/09/03 (水) 23:51 No.1101

左から待合室、二重の小さな屋根とその右のプレハブはお手洗い、
更に右の部分は、今は倉庫になっていますが、元々は管理人室です。
- [61]
名前:東博君★
:2008/09/03 (水) 23:52 No.1102

元管理人室の部分です。
真ん中の屋根(下にトタン屋根のあるところ)はダイニングキッチン。
(って言い方もヘンですが)
右側の屋根の部分には和室が2室あります。
- [62]
名前:東博君★
:2008/09/03 (水) 23:53 No.1104

こちらは火葬棟。
物置のあたり、小さな煙突が伸びている部分は火葬場事務室です。
煙突はストーブ用です。
吸気・排気筒がある建物には強制排気用のファンがあります。
- [63]
名前:東博君★
:2008/09/03 (水) 23:55 No.1105

汚物炉です。
バーナーや投入口は炉室内にあります。
この炉は長い間使われていませんでした。
- [64]
名前:東博君★
:2008/09/03 (水) 23:55 No.1106

汚物炉とその煙突です。
この写真を撮った位置には、現在工事用の事務所が建っています。
- [65]
名前:東博君★
:2008/09/04 (木) 07:53 No.1107

(一時投稿)
完成した仮設炉の写真はまだアップしていませんでした。
プランターの花も移動されると、プレハブながら暖かみが出てきました。
この日と翌日は、市役所の担当課からも大勢の方が引越しの応援に来られていていました。
岡谷での撮影枚数は500枚近くになりました。
関係者の皆様方のお陰により、詳細な記録が残せる目処がつきました。
特に現地の職員の皆様方のご協力は多大なもので、いくらお礼を言っても言い足りません。
ここは良い意味の火葬場らしい火葬場です。
良い意味の「火葬場らしい」とは、どのようなものか、、、自分では明確な答えがまだ見付かりません。
後の時代の火葬場作りに何か生かされる事があると確信しています。
ここでは多くの事を学ばせて頂きました。
火葬場を取り巻く環境が変われば状況は変わるとは思いますが、施設の性格上、皆様にお伝え出来ない事が多いです、残念ながら・・・
しかし、改めてチャンとしたレポートにしたいとは思います。
- [66]
名前:東博君★
:2008/09/06 (土) 03:38 No.1119

(一時投稿)
廃止から一夜明けた旧湖北火葬場。
- [67]
名前:lcx_7672
:2008/09/09 (火) 23:00 No.1129

はじめまして。いつもこちらで皆様の貴重な画像を拝見させていただいております。
今日、長野県で仕事があったついでにこの火葬場に寄ってきました。
待合室は内部の解体真っ最中、火葬棟に足場が架かっていましたが、何か事前作業でもするのか解体用ではありません。
瓦屋根にはベース付の支えがあり、正面破風板に居た天女は保存でもするのか綺麗に取り外されていました。
他の装飾物も保存されるのではと期待してしまうのですが。
- [68]
名前:東博君★
:2008/09/10 (水) 00:06 No.1130

lcx_7672さん
はじめまして。
これはまた貴重な画像ありがとうございます。
じつは、仏像と天女は保存するよう強い要望を出していました。
これを拝見すると、どうやら保存して頂けるようですね。
一安心しました。
火葬棟の取り壊しは、まず瓦を手作業で取り外すらしいです。
現在その足場を組んでいるみたいですね。
- [69]
名前:東博君★
:2008/09/10 (水) 00:50 No.1131

い号炉の仏像
- [70]
名前:東博君★
:2008/09/10 (水) 00:53 No.1132

ろ号炉の仏像。
ろ号炉(真ん中の炉)の仏像だけ細部が異なります。
中央の炉だけ装飾も立派ですので、昔は等級があったのではないかと思います。
No.1130は祭壇にある仏像です。
- [71]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 06:35 No.1133

装飾物をもう一つ。
よく見れば、ここにも蜂の巣があります。
蜂に悩まされた時期があったのかも知れませんね。
- [72]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 18:49 No.1135

最後の日、日も傾き引越し作業も終了です。
重い物も運べるように軽トラも来ていました。
軽トラといっても市役所の公用車ですが。
- [73]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 18:50 No.1136

建物内部の写真はまだでした。
待合棟を拝見してみましょう。
岡谷には8回ほどお邪魔しました。
そのため、調度品の配置などは写真によって違いがあります。
- [74]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 18:53 No.1137

待合室です。
外観は老朽化していましたが、内部は綺麗に改装されています。
火葬が重なると、同時に2組みの葬家が使う事もあるそうです。
葬儀社の方も仮施設を見にいらっしゃっていました。
旧湖北火葬場はドラマでも何度か使われていて、
「うちの者も撮影に協力したんだが、全然映ってなかった」
と笑っておられました。
この待合室も撮影に使ったらしいです。
「ここが綺麗なのは冬」と仰っていました。
雪の火葬場が見られなかったのが心残りです。
- [75]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 18:54 No.1138

待合室から奥に進んでみましょう。
- [76]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 18:55 No.1139

突き当たり右には、管理人室の札のついた扉がありました。
いつもは、扉に立ち入り禁止の表示があり閉まっていましたが、この日は扉が外されていました。
倉庫として使っていました。
- [77]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 18:56 No.1140

内部は、台所と6畳と4畳半の和室です。
天窓のある部分は増築されたものだと思います。
宿直室にしては立派過ぎますので、住居として作られたのかも知れません。
- [78]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 18:57 No.1141

管理人室の横を進むと『所洗手御』です。
- [79]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 18:58 No.1142

待合室と同様、こちらも綺麗に改装されています。
利用者がよく使う部分は、それなりの居住性は確保されていました。
- [80]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 18:59 No.1143

火葬棟へ続く渡り廊下です。
- [81]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 18:59 No.1144

上の写真のポスターの辺りから撮ったものです。
備品も無くなりガラーンとした雰囲気になってしまいました。
- [82]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 19:00 No.1145

天井です。
古い木造校舎と同じ香りがします。
- [83]
名前:東博君★
:2008/09/11 (木) 19:01 No.1146

渡り廊下の向こうは火葬棟になります。
雨が降ると水が染みるのか床が濡れています。
窓枠も水の染みた跡があります。
改修では対処しようがないほど老朽化していたように思います。
- [84]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:32 No.1147

更に進むと火葬棟になります。
右側は事務室で、その奥は炉室と繋がっています。
- [85]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:32 No.1148

火葬場の許可と斎場入口の表示。
天井の質感が素晴らしいです。
- [86]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:33 No.1149

では失礼して。
- [87]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:34 No.1150

炉前ホールに入ってきました。
- [88]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:35 No.1151

その前に、ソファーに座って暫し休憩(笑)
火葬中も故人の近くで待ちたいという方もいらっしゃると思います。
支障がなければ、ここで待つのも良さそうです。
チラりと円筒形の炉体が写っていますが、名古屋博愛の灯油炉です。
- [89]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:35 No.1152

数十年前は、このような炉前もあちこちで見られた事でしょう。
- [90]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:36 No.1153

奥には祭壇がありました。
希望によりカーテンを閉めて隠す事も出来ます。
が、、、殆ど閉めた事はないそうです。
- [91]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:36 No.1154

意外と大きな仏像です。
- [92]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:37 No.1155

柱などをよく見ると木材の色が違います。
取り替えるなど修理は何度かしたのでしょう。
- [93]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:38 No.1156

失礼して腹這いになります。
床も建築当時のままだそうです。
化粧扉周りは、黒いタイルのみ張り替えはしたらしいですが、その他は建築当時のままです。
- [94]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:38 No.1157

あまり炉前ホールでゴロゴロ転がる人は居ないとは思いますが・・・
- [95]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:39 No.1158

天井は煤けた跡がありますが、建築当時は重油バーナーを使っていました。
薪や石炭ではないので煤けにくい筈ですが、長年使っているうちに黒くなったのでしょう。
- [96]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:39 No.1159

部屋の周りを囲むように八角形のタイルが敷かれています。
当時はモダンなデザインだったのではないでしょうか。
- [97]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:41 No.1160

多くの市民を見送られた仏像様。
新しい火葬場では仏像を安置する事は難しいです。
しかし、岡谷市にとっては、かけがえのないものだと思います。
岡谷市の先人がこのような立派な火葬場を造り、代々管理人が適切な維持管理を行ってきたから、平成20年の世まで現役公共施設として存在出来ました。
その間、多くの御霊を見送りました。
新しい火葬場になっても、立派な火葬場があったという事は忘れてはならないと思います。
- [98]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:42 No.1161

ご覧頂いた通り、外も中も大変上質な建物です。
3名の職員さんにより管理されていました。
手入れも行き届き、花で囲まれ美しい火葬場でした。
改築される事は大変残念です。
改築には数億円の税金が投入される事になります。
しかし、補修のしようのない程に老朽化した部分もありますし、
耐震や防火など公共施設として不十分な事もあるでしょう。
古いがゆえに、利用者の方にも不便な部分もあったと思います。
残念ですが、改築も止むを得ません。
- [99]
名前:東博君★
:2008/09/12 (金) 08:42 No.1162

やっつけ仕事のレポートになりましたが、
後にでも、ちゃんとしたレポートにしたいところではあります。
でも、いつになる事やら。
職員の皆様、本当にありがとうございました。
最後に、浅香勝輔先生の『火葬場のある風景』より引用させて頂きます。
>湖北行政組合火葬場
>心騒ぎはしないけれど、
>静かな心やすまるような火葬場を、
>信州の風光の中に見つけた。
>60年に及ぶ意味や背景を探っていたら、
>日常なにげなくかかわっている施設で、
>古くていいものが少なくなっている事に気づく。
終わり
- [100]
名前:東博君☆
:2008/09/16 (火) 06:56 No.1229
- 書き込み数の上限に達しました。
湖北火葬場関係は以下のスレッドへお願いします。
湖北火葬場2
http://azuma.xrea.jp/upload/joyful2ch.cgi?mode=res&no=1134