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千葉県の火葬場跡地
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 00:56 No.1575

安房地域の火葬場跡地(1)。
昭和59年まで、この場所に炉数1基の小規模な火葬場がありました。
所在市町村は、とある水族館で全国的に有名な自治体ですが、この場所はそのイメージからはかけ離れた山奥です。
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 01:02 No.1576

その場所を高台から見下ろした風景。
すぐそばを流れる川は、所在市町村名と読みは同じでも漢字が異なる川です。
山間部ですが、国道と主要県道が通る地域なため、周囲は比較的家が多いです。
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 01:06 No.1577

跡地から家々を眺めると、火葬場よりも高い位置にある事が判ります。
火葬場現役当時の資料を参照すると、家が多かったのは火葬場現役当時からのようで、これが仇となり、この場所での新火葬場建設は受け入れられませんでした。
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 01:11 No.1578

安房地域の火葬場跡地(2)。
仏教宗派の1つの創始者の生まれ故郷であり、写真右手の川と山を挟んだ向こうには、その創始者と同じ名前のお寺があります。
そしてここにも、昭和59年まで炉数1基の火葬場がありました。
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 01:17 No.1579

跡地全景。
このように敷地が狭隘な上に拡張困難であり、ここもまた、新火葬場建設には不適当と判断されました。
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 01:21 No.1580

跡地を反対側から。
又、面している道路は千葉県東部から安房地域への抜け道で交通量も多く、付近はヘアピンカーブ続きの山道で出入りには危険が伴います。
よって、仮に拡張が可能だったとしても、この場所での新火葬場建設は見送られた事でしょう。
尚、安房地域の火葬場跡地(1)(2)の後継火葬場は同一施設です。
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 01:28 No.1581

九十九里浜沿岸地域の跡地(1)。
門扉の奥には畑が見えますが、この場所に昭和末期まで火葬場がありました。
この畑は、東葛地区の某市所有のレクリエーション施設の一部ですが、その施設は火葬場廃止後に造られました。
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 01:30 No.1582

周囲は海が近いため防砂の松林となっており、道を隔てた反対側には別の廃墟が・・・。
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 01:31 No.1583

廃墟は浄水場。
現役当時は、火葬場の反対側にあった事になります。
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 01:34 No.1584

跡地から東を眺めると県道の向こうにリゾートホテルがありますが、このホテルは火葬場の現役当時はありませんでした。
ただし、その向こうは海岸ですが、防砂林や防砂堤に阻まれて海は見えなかったと記憶しています。
因みにここの現火葬場は、同一町内の全然別の場所に建設されています。
旧火葬場時代から引き続いての5町村(現在は市町村合併で5市町村)の共同です。
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 01:45 No.1585

安房地域の火葬場(2)について補足とお詫び。
跡地から北へ約200mの場所に、入り口に電話ボックスのある資材置き場があり、それを火葬場跡地と誤認して一部の方たちにメールで情報配布をしてしまいましたが、住宅地図で確認したところ誤りでした。
大変申し訳ありませんでした。
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 01:47 No.1586

資材置き場の広さは、火葬場跡地はこちらだったのではないか?と考えるには十分な広さですが、前述の通り誤りであり、火葬場現役当時からここは資材置き場です。
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名前:若潮
:2009/03/07 (土) 01:49 No.1587

尚、以前某掲示板でも書き込みのあったNo.1585の電話ボックスですが、現在は撤去されています。
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名前:若潮
:2015/10/03 (土) 22:20 No.4260

内房線沿線の火葬場跡地(1)。
昭和42年までここに市営火葬場がありました。
現在は公園になっています。
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名前:若潮
:2015/10/03 (土) 22:24 No.4261

公園ではキャッチボールをしている人たちがいました。
彼らはおそらくここが火葬場跡地なことは、親や祖父母から聞いてない限り知らないだろうと思われます。
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名前:若潮
:2015/10/03 (土) 22:31 No.4262

公園のすぐそばは二級河川の川が流れています。
ただし、火葬場が現役だった当時、少なくとも昭和37年までは今とは流路が異なっており、写真の位置に川は流れていませんでした。
この川も一時は水質汚濁が進みましたが、今は魚が泳ぐまでに回復しました(写真中央付近の白いものが魚)。
尚、ここにあった火葬場の代替施設は、同一市内の全く別の場所に建設されました。
その火葬場も6年後の完成を目標に建て替えられる事が決定しており、建て替え後は周辺四市共同の施設になる予定です。