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火葬場関連サイト専用掲示板
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1: 島の火葬場〜国境の島〜 (35)  2: 簡易焼き場 (42)  3: 大雪葬斎場内覧会 (20)  4: 重要文化財 中家住宅復旧記 (31)  5: 削除 (7)  6: 奈良市東山霊園火葬場見学記 (143)  7: 美作火葬場 (1)  8: 岡山県北の火葬場現況を少し (8)  9: ○枚方市「やすらぎの杜」見学会 (6)  10: 資料・その他用スレッド 3 (114)  11: 鳥取市因幡霊場 (2)  12: 真庭火葬場 (1)  13: 島の火葬場-蒸籠の神様が宿る島- (17)  14: 広島県福山市の話題 (30)  15: 長岡市旧斎場 (16)  16: 静岡市清水区跡地・廃施設 (11)  17: 静岡県吉田町牧之原市広域施設組合新火葬場 (4)  18: 兵庫南部のサンマイ (3)  19: ○瑞江葬儀所の桜 (5)  20: 水戸市斎場 炉の工事中(一時投稿) (5) 

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[1:35] 島の火葬場〜国境の島〜
[1] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:42 No.6359
6359.jpg (885KB)

対馬・厳原港「国境の島」

え?本当に休めるのか…!
庶務担当から配布された勤務表を見て呟いた。
ダメ元で3日連続の休暇申請を出していたものがそのまま通ったのである。
全く期待していなかったところに突如として正式に3日の休暇が認められるのであれば、至急に行き先を決め、各種交通手段や宿を押さえなければならない。
まずは、肝心の行き先をどうするか。
これまで投稿してきた「島の火葬場」は、通常版に関しては残り2回を想定していて、候補地自体は「対馬・壱岐」もしくは「某所」と既に決まっており、それぞれの想定される行程案も組み終わってあとは行くだけになっている。
今回、どちらにするかを考えると、休暇がこれまでの2日よりも1日長いことを鑑みて、乗船時間が長くて遠い対馬・壱岐とした。
壱岐は令和2年に火葬場が改築され、対馬も平成時代に各火葬場の改築が済んでいて、比較的新しい施設しかないのであるが、その中でも、対馬市斎場「霊光苑」については、大規模改修が必要になれば別施設と統合して廃止ということが分かっていたため、その火葬場を見るというという理由もある。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

[26] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:55 No.6384
6384.jpg (922KB)

対馬市斎場「清華苑」跡地

次は、対馬市斎場「清華苑」跡地に向かう。
ここは広い通り沿いにあり、アクセスは比較的簡単である。
あっさりと跡地入口に到着したが、門で封鎖されている。


[27] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:55 No.6385
6385.jpg (958KB)

対馬市斎場「清華苑」跡地

門から撮影した。
奥を見ると、太鼓橋を渡って右手側に跡地が見える。
よく見ると、跡地左奥側の建物があったと思われる場所には植樹がなされていた。
さて、無事撮影も終わったので、行きとは逆に対馬を南下し、厳原のホテルに向かう。
スケジュール上は、帰りがけにも撮りなおしをしたい火葬場や跡地に立ち寄れるよう考慮していたが、特にやり直したい火葬場はなかったため、途中で韓国展望所に寄ってから厳原に帰ることにした。


[28] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:56 No.6386
6386.jpg (570KB)

韓国展望所から見た釜山方向

韓国展望所から見た景色である。
その名のとおり、見通しがよければ50キロ先の釜山広域市を望むことができるが、この日は霧が出ていて肉眼では韓国の山がうっすらと見えたものの、釜山の街は見えなかった。
掲示してある写真によれば、夜間には釜山の街の灯りが見えるようだ。
その後、地元のスーパーで食料等を買い込み、厳原のホテルにチェックインした。
当初は、経費節減のため車中泊を考えていたが、前日に船中泊(風呂やシャワー設備なし)をしていて、2日続けて風呂に入らないのは周りに迷惑をかけるので、自制してホテルで汗を流すことにしたのである。
お酒が嫌いで繁華街で遊ぶ習慣もないため、取材の夜はホテルで火葬場仲間内に撮影したての写真や資料を送り付けるなどしておとなしく過ごすのが通例である。
多くのブロガーのように、現地の料理と酒を並べることができれば、かなり映える写真が撮れるだろうが、お酒に弱いため翌日の行程を考えるとおとなしくせざるを得ないという方がより適切かもしれない。
昨日からやわらかい布団で寝ていないため、夕方に風呂に入ってから横になると直ぐに寝入ってしまった。


[29] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:57 No.6387
6387.jpg (953KB)

フェリーきずな

翌日の朝は撮影予備日としていたが、特に撮りなおしの火葬場もないため、対馬市図書館で各種資料を見るなどした後、近隣の観光をする。
その後、お土産を買い込んでから車を返却し、早めの14時頃に厳原港国内ターミナルへ到着した。
次は、今回の最終目的地である壱岐島に向かう。
船は15時25分発のフェリーきずな227便博多行きで、対馬発なので利用者も少ないとみて先着順の2等じゅうたん席とした。運賃は3040円である。
実際、オフシーズンの平日なこともあってか、厳原出港時には余裕のある船内で、広いじゅうたん席1区画につき各数人程度の旅客であった。
この船は、うっかり寝過ごすと博多まで連れていかれるため、じゅうたん席で横にならずにできるだけ船内を歩き回ったり、デッキに出て外の景色を眺めたりして寝入らないようにした。
仮に博多まで行ってしまうと、20時過ぎという到着の時間から自宅に帰ることができる最終列車連絡の新幹線に乗り継げず、博多もしくは新大阪で宿泊するか、再度、対馬・厳原行の夜行フェリーちくしで折り返して朝の2時過ぎに壱岐島の芦辺港に到着し朝まで路頭に迷うかという選択を迫られる。
そんな金だけかかって何も得るものがない罰ゲームはしたくないため、コーヒーを駆使するなどしてなんとか睡魔に打ち勝ち、定刻通り17時30分に壱岐・郷ノ浦港に到着した。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

[30] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:57 No.6388
6388.jpg (947KB)

郷ノ浦港

壱岐島は、博多から北西に約80キロ離れた場所に浮かぶ離島で、かつて4つの町が存在していたが平成の大合併で一つになり、壱岐市となっている。
本庁舎はこの郷ノ浦町に置かれている。
予約していたレンタカー会社は18時閉店で、店舗までは港から徒歩15分位かかり、時間ぎりぎりになりそうで焦っていた。
ところが、フェリーを下船すると、港まで社員の方が車ごとお迎えにこられており、その場で手続きをして料金を支払い車を借り受けることができた。30分程度の時間を節約でき、非常にありがたいことである。
ただし、港で支払いをするため、カードは使用できず、現金のみの取り扱いとなっている。
その足で、壱岐葬斎場「ひなたの丘」に向かう。
時刻は18時近かったが、大阪に比べて西にあるためか、この時期でもまだ日は沈んでおらず、明るいうちに撮影ができそうである。
火葬場は、郷ノ浦港から約6キロ北に行った地点にあり、少なくとも先々代の施設からこの位置にあることが分かっている。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

[31] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:58 No.6389
6389.jpg (764KB)

壱岐葬斎場「ひなたの丘」

郷ノ浦町市街で少し混雑したものの、港から15分程度で「ひなたの丘」に到着した。
進入路入口ではまだ新しい看板が出迎えてくれる。


[32] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:58 No.6390
6390.jpg (646KB)

壱岐葬斎場「ひなたの丘」

道を上がって行くと程なく火葬場が現れた。
令和の建設で、まだまだ新しい。
見たところ、非常にシンプルな造りで、無駄がないように見えた。
建物右方向には、庇付の通路が伸び、駐車場から濡れないで建物内に入ることができるように配慮されている。


[33] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:58 No.6391
6391.jpg (783KB)

壱岐葬斎場「ひなたの丘」駐車場(旧施設跡地)

現在、駐車場になっている左奥あたりが旧火葬場の建っていたところである。
各郷土資料を見ると、次のことが分かった。

・明治33年、南触に火葬場が出来た。
・昭和30年、勝本町が鯨伏村と合併する際に神岳火葬場が存在していたが、山深いところにあり遠く、かつ非衛生な施設て利用が少ないため適当な場所に簡易火葬場を建設する計画があった。
・昭和36年12月時点で壱岐保健所管内に19箇所の火葬場があった。
・昭和45年4月1日に壱岐郡火葬場(先々代施設)が供用開始した。

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[34] 名前:こむすび :2025/04/02 (水) 19:59 No.6392
6392.jpg (585KB)

壱岐葬斎場「ひなたの丘」から見た夕日

長い一日が終わり、日が暮れていく。
ひなたの丘という名称のイメージから、朝日が良く見えるのかと思っていたが、実際には夕日が映える立地であった。
これは現地に来てみないと分からないことであった。
火葬場を見に来ただけとはいえ、夕日を見ると、明日の朝にはもう壱岐を離れるのかと少し寂しい気分になる。
撮影も終わったので、一度、郷ノ浦市街に戻り、地元のスーパーで食料を仕入れる。
各種口コミを見ると、寿司や刺身がお勧めとのことだったので、それに従う。
また、壱岐のおみやげコーナーもあり、ついつい色々と買い込んでしまった。
宿は郷ノ浦町ではなく、北部の勝本町に取った。

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[35] 名前:こむすび(本投稿最終) :2025/04/02 (水) 20:00 No.6393
6393.jpg (954KB)

ジェットフォイル「ヴィーナス」

さて、翌日の早朝、宿をチェックアウトしてガソリンスタンドにて給油し、そのまま郷ノ浦港に向かった。
給油はわずか2リットルであった。何となく店員さんに申し訳ない気分になったので、カードはやめて現金で支払った。
車貸出の際に説明を受けたところによると、返却は郷ノ浦港駐車場の空いている場所に停めておけばよいとのことである。
恐らくGPSが装着されていて駐車場所を探索できるようにしているのだろう。
返却時には、車内に満タン給油証明書とカギを一緒に置き、その後、レンタカー会社に車を港駐車場に停めたという連絡をする必要がある。
博多行きのジェットフォイル122便は9時20分発なので、余裕を持って8時前には港に到着した。
壱岐島は15時間程度の短い滞在時間で、図書館での資料閲覧や観光は全くできなかったところは反省点である。再訪の際は、図書館や一支国博物館等にも寄ってみようと思う。
ターミナル内に入ると既に出札窓口は開いていたので、乗船名簿に予約番号を併記してジェットフォイル乗船券を購入する。運賃は6210円である。

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[2:42] 簡易焼き場
[1] 名前:尾道市情報探索人 :2016/04/17 (日) 18:46 No.4447
 
 


[33] 名前:尾道市情報探索人 :2023/12/14 (木) 11:18 No.6140
6140.jpg (6350KB)

火葬炉の左側側面を撮影。

[34] 名前:尾道市情報探索人 :2023/12/14 (木) 11:20 No.6141
6141.jpg (6694KB)

火葬炉からセメントコンクリート煙突へ繋がる鉄パイプ煙道。

[35] 名前:尾道市情報探索人 :2023/12/14 (木) 11:21 No.6142
6142.jpg (6171KB)

セメントコンクリート煙突。

[36] 名前:尾道市情報探索人 :2023/12/14 (木) 11:28 No.6143
6143.jpg (7403KB)

廃墟火葬場の右側斜面には煙突付きの煉瓦火葬炉があるが、雑草木々に覆われ良く見えない。

[37] 名前:尾道市情報探索人 :2023/12/14 (木) 11:30 No.6144
6144.jpg (4807KB)

煙突付き煉瓦火葬炉のある場所をズーム撮影。
雑草木々の中に煉瓦火葬炉を確認する事が出来る。


[38] 名前:尾道市情報探索人 :2023/12/14 (木) 11:33 No.6145
6145.jpg (6785KB)

2023年11月21日/撮影。
煙突付き煉瓦火葬炉。


[39] 名前:尾道市情報探索人 :2023/12/14 (木) 18:05 No.6147
6147.jpg (6844KB)

【追記】
火葬炉の後側。
2023年2月/撮影。


[40] 名前:尾道市情報探索人 :2024/12/23 (月) 12:30 No.6290
6290.jpg (7331KB)

2024年12月23日/撮影
廃墟火葬場の現状


[41] 名前:削除 :削除 No.6338
火葬塚

[42] 名前:削除 :削除 No.6352
火葬塚


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[3:20] 大雪葬斎場内覧会
[1] 名前:こむすび :2024/11/25 (月) 21:10 No.6266
6266.jpg (981KB)

大雪葬斎場は、旭川市近郊の東神楽町、美瑛町、東川町の3町で構成する一部事務組合である大雪葬斎組合により昭和51年に建設されて以来48年経過し、老朽化も見られることから移転して建て替えられることになった。
場所は、現施設が大雪霊園の北側端に位置しているところ、南側端の合葬墓や芝生墓所に面した土地に建設したものである。
12月から供用開始ということは分かっていたため、各町の広報をチェックしていたところ、11月23日(土・祝)に内覧会を開催することが分かった。
たまたまその日は休みであったが、翌日の日曜は仕事が入っており休むことができない。
そこで、前日の金曜に午後休をもらい、その足で新千歳へ飛んでレンタカーを借り、砂川駅付近で宿泊し、翌日、未訪問の火葬場を4件回ってから見学会に参加し、その後、3件の未訪問火葬場を回ってから最終の飛行機で大阪に帰ってくるというプランを立てた。
北海道を1泊2日とは贅沢であるが、前乗りしようにも木曜も金曜も業務が立て込んでいてまるまる休むわけにはいかなかったのである。
というわけで金曜の午前中に業務が終わるとそのまま駅に向かったが、その日は路線トラブルでJRのダイヤが乱れていたため鉄道は諦め、バスで関空まで向かった。
ところが、時間が来て搭乗手続きを済ませたが一向に飛行機に案内されない。すると、機内整備に時間を要し機内へ御案内できる時間は未定です、といったアナウンスが流れた。
結局30分遅れで関空を離陸したものの、新千歳到着時には遅れが40分に拡大していた。
レンタカー予約時刻を過ぎてしまったので、電話をかけ事情を説明すると、飛行機遅れは把握しているとのことで無事車を借りることができた。

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[11] 名前:こむすび :2024/11/25 (月) 21:15 No.6276
6276.jpg (903KB)

棺運搬台車と炉前の様子である。
ここでも、火葬炉関連に詳しい方であれば何か違和感を覚えないだろうか。
実は、設計をされた藤本氏は、内外装にかなりのこだわりをもって、通常ではあまり気にしないと思われる部分もきちんと拾ってデザインされたとのことである。
本来、宮本工業所社製の棺運搬台車はクリームが標準色であるところ、デザイン上の理由で変更を求められ、グレーに塗装されている。
社員の方にお伺いしたところ、この色の台車は珍しいのではとのことである。
また、上の方で建物に関して違和感を感じないかという問いかけもしたところであるが、正解は「平屋建てで近年の火葬場にしては建物高さが低い」というところである。
近年の火葬場は、2階に機器室や排気塔があり、その部分が建物から出っ張っているため、どうしても目立つところがあった。
藤本氏は、この火葬場をどうしても2階建てにはしたくないという強い思いから、通常、火葬炉直上の2階に設置している機器室を炉室横の1階に設置して平屋建てを実現したのである。


[12] 名前:こむすび :2024/11/25 (月) 21:16 No.6277
【炉裏の様子について】
炉裏の写真撮影は禁止されていたため言葉で表現する。

・2基1組の火葬炉が背中合せに設置されている。燃料は北海道では多数派の灯油である。炉の番号は1から4であり、炉前ホール1側に1号炉と2号炉、炉前ホール2側に3号炉と4号炉が設置されている。昔は4番と9番の使用を避ける火葬場もあったが近年ではそのようなことはなくなってきている。

・デレッキレス炉であるため、バーナー下の細長いデレッキ口がない。御遺体の尊厳を守るのみならず、開口部がないことで炉内の温度や圧力管理にも有効とのことである。過去には、炉内台車を動かして火炎を当てる位置を調整していた炉もあったが、現在では、バーナーをソフト制御し、空気圧等を調整することで火炎の長さを可変させて対応している。

・炉裏も、藤本氏のこだわりがあり、多くの火葬場では火葬炉から伸びる排煙の配管は銀色のままであるところ、ここは炉体と同じクリーム色に塗装されている。

・前室については、横の開口部をシャッターではなく引き戸として全開できるようにし、頭部や脚部といった台車端部分の整骨をしやすく配慮している。

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[13] 名前:こむすび :2024/11/25 (月) 21:16 No.6278
6278.jpg (993KB)

待合室の様子である。
左右に2部屋の計4部屋設置されている。
待合室の調度品は、地元産の「旭川家具」を使用している。生産量が少ない高級品とのことである。


[14] 名前:こむすび :2024/11/25 (月) 21:17 No.6279
6279.jpg (842KB)

トイレの様子である。
オストメイト等も整備されている。


[15] 名前:こむすび :2024/11/25 (月) 21:17 No.6280
6280.jpg (811KB)

キッズスペースの様子である。
近年は、小さい子ども連れの方に配慮してこのスペースを設けている火葬場もあちこちで見かけるようになった。


[16] 名前:こむすび :2024/11/25 (月) 21:17 No.6281
6281.jpg (962KB)

キッズスペースの横にある授乳室の様子である。

[17] 名前:こむすび :2024/11/25 (月) 21:19 No.6282
6282.jpg (393KB)

コンクリート打ちっぱなしとしているところがあるが、手間をかけて杉の木目を付けてアクセントとしている。

[18] 名前:こむすび(最終) :2024/11/25 (月) 21:20 No.6283
6283.jpg (385KB)

こちらが利用者駐車場がある火葬場裏側である。
霊柩車は、こちら側から右手に向かって回り込んで火葬場正面に向かう。
よく見ると木々の合間に銀色の排気塔が見える。アングルを変えて墓園側から見ると2本あるのが分かる。
排気塔も厳重に隠されているのかと思っていたので、利用者からこのように見やすいようになっていたのは意外だった。最後まで驚きの連続であった。

見た目は非常にシンプルな印象を受けるが、中を細かく見てみると随所にこだわりがあり、手間をかけるところはとことんかけている。それでいて、必要以上にそれを利用者にアピールしているわけでもないところに好感を持った。
設計者の思想が至る所で強く感じられる火葬場であった。数人の職員・社員の方に話を伺うことができたが、どの方も、設計者のこだわりを大切にし、実現しようという思いをお持ちであることが印象深かった。
この新しい火葬場が、東神楽町、美瑛町、東川町の皆様の終焉の地として心の拠り所となり、末永く活躍することをお祈り申し上げる。
結びに、本内覧会開催に御尽力いただいた職員・社員の皆様に心から御礼申し上げて本レポートを終了したい。


[19] 名前:削除 :削除 No.6339
火葬塚

[20] 名前:削除 :削除 No.6351
火葬塚


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[4:31] 重要文化財 中家住宅復旧記
[1] 名前:東博君 :2025/02/08 (土) 21:28 No.6320
6320.jpg (700KB)

火葬場とは関係無いスレッドですがご了承下さい。
重要文化財中家住宅の復旧の様子をメモ代わりに記していきます。
画像は火災前の主屋です。
以下は、火災のあった日の報道映像です。

【速報】奈良の重要文化財で火災 「中家住宅」の主屋焼ける
(共同通信 KYODO NEWS)
https://youtu.be/PkyruIcElgA
「枯れ草を燃やしていたら屋根に…」国の重要文化財『中家住宅』のかやぶき屋根にも燃え移る 奈良・安堵町(2024年7月29日)
(MBS NEWS)

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[22] 名前:東博君 :2025/02/12 (水) 07:25 No.6345
6345.jpg (216KB)

切手の写真と竈の写真が続きます。
竈の写真は数年前と思うけど何時のだろう、銅の羽釜がピカピカです。
今は汚れて水を被って緑青も吹いてたので、うちで綺麗にする予定です。
その下の写真は在りし日の座敷で梅干しが鎮座しています。


[23] 名前:東博君 :2025/02/12 (水) 07:26 No.6346
6346.jpg (258KB)

そのまた下の竈の写真は、2024年5月31日に行われた安堵小学校のタケノコ堀の様子です。
そんなに前じゃないのに懐かしい。。。
安堵小学校では、毎年竹藪でタケノコ堀を行っています。

今後の展望のところにある3枚組の写真、1枚目はこれも安堵小学校のタケノコ堀の様子です。
2枚目は先にも書いた「ねこじゃらし 」の皆さんの紙芝居会の様子です。
3枚目は、東大阪市の樟蔭高校の学習行事の様子で、ここ何年か行っていました。
写真の時は都合が悪く当日は行ってないのですが、うちから銅羽釜を3つ持って行って用意しました。
銅羽釜が4つ竈に並んでる姿は、個人的には凄く貴重です。


[24] 名前:東博君 :2025/02/12 (水) 07:27 No.6347
6347.jpg (90KB)

その下の最後の写真は紙芝居会の時の表門ですね。
初めて川口さん率いる『ねこじゃらし』さんの紙芝居を見たのは、安堵町の観光施設のオープンのイベントでした。
地元の趣味のサークルだろうと思ってたら、とんでもなくレベルが高すぎで驚きました。
中家の梅干しにまつわる実話を元にした話でした。
その時、川口さんが『中家は安堵町の宝』とお話しされてたのが強く印象に残っています。


[25] 名前:東博君 :2025/02/12 (水) 21:57 No.6348
6348.jpg (823KB)

最初に焼けた茅葺屋根の旧石田家の門です。
多聞山城の城門を移築したとの伝承もあります。
でも奈良市文化財課が調査した事があるのですが、どうやら違うのではないかという感じでした。
この門の奥で敷地内で発生した枯草を燃やしていて、この茅葺屋根に燃え移って、それから中家の主屋に飛び火したようです。


[26] 名前:東博君 :2025/02/12 (水) 21:58 No.6349
6349.jpg (940KB)

右にブルーシートで覆われた屋根が中家住宅の主屋で、位置関係はお判り頂けると思います。
ニュースの映像を見ると、中家の方に向かって風が吹いています。
風に乗って火の粉が飛んで行ったんでしょうね。
枯草を燃やす程度の火なら飛ばなかったと思いますが、屋根が焼けるような大きな火なら大きな火の粉も飛んだ事でしょう。


[27] 名前:削除 :削除 No.6350
火葬塚

[28] 名前:東博君 :2025/02/21 (金) 00:19 No.6353
6353.jpg (362KB)

映画やテレビでも何度も出ています。
近年では映画「鬼平犯科帳 血闘」で、竹藪や濠で撮影されたみたいです。
メイキング映像に少し映っていて、持仏堂に行く途中の八朔の木でわかりました。

(17分2秒からです)
https://youtu.be/i5iCEpcOPi8?feature=shared&t=1022


[29] 名前:東博君 :2025/02/21 (金) 00:20 No.6354
6354.jpg (470KB)

こちらは、かなり昔の東芝炊飯器のCMです。
子供の頃に見て、なぜだか判らないけどハッキリ覚えています。
CMで使われたのは左から二番目の竹輪に載った羽釜のある口です。
映像だと大きさが分からないと思いますが、口径48センチの巨大な釜です。
CM撮影時の写真が残っていますので、修復が完了して見学に行かれた時は見せて頂けると思います。

(18分22秒からと、21分35秒からの二つです)
https://youtu.be/FJ7UOy6mq_8?feature=shared&t=1100


[30] 名前:東博君 :2025/03/15 (土) 18:59 No.6357
6357.jpg (434KB)

出火元の隣地について
画像は中家住宅の前から見た隣地です。
元々は中家と同じ一族で池田家でした。
池田さんは現在は他所の地にお住まいで、先代が亡くなってからは誰も住む人が居なくて長く荒れ放題の土地でした。
それを数年前に売りに出して、現在の所有者が購入しました。
土地は市街化調整区域で、濠に囲まれた土地でアクセスが著しく悪いです。
売れないだろうと思ってたら売れてしまいました。

中家で購入しても良かったのではないかと思ったりもしました。
しかし現在の中家は、重要文化財の建造物が9棟、竹藪や濠なども重要文化財に指定されていますので、重要文化財に見合った維持管理をしなければいけません。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

[31] 名前:東博君 :2025/03/15 (土) 19:04 No.6358
6358.jpg (308KB)

火災原因を改めて
上記のように荒れ放題の土地で木や竹も多く茂っていました。
それを現在の所有者がコツコツ整備している状況です。
(現在は、近くの古民家も買い増してパワーアップしてお住まいです)
Googleマップに所有者が中の様子の写真を投稿していましたので、それを見ると竹や枯れ木などの廃棄物も大量に発生していた事がわかります。
が、、、書類送検の後に全て消えてます。。。。

報道では『たき火』との表現もあるけど、廃棄物の焼却の方が正確ですので以降は『野焼き』と表現します。
画像は野焼きの火が最初に燃え移った隣地にあった門で、現在は完全に焼失しています。。
(Googleマップにある写真を拝借しました)

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)


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[5:7] 削除
[1] 名前:削除 :削除 No.153
火葬塚

[2] 名前:文鳥 :2007/12/08 (土) 20:11 No.154
154.jpg (5KB)

本日の西寺尾

[3] 名前:文鳥◆.lbuNCho7A :2007/12/09 (日) 00:49 No.155
155.jpg (1151KB)

12月8日の西寺尾です。携帯で撮影しました。
金網がないと短く感じますね。


[4] 名前:文鳥◆.lbuNCho7A :2007/12/09 (日) 00:50 No.156
156.jpg (1061KB)

マンションはほぼ完成したようです。

[5] 名前:文鳥◇.lbuNCho7A :2007/12/09 (日) 00:52 No.158
158.jpg (828KB)

煙突です

[6] 名前:東博君★ :2007/12/09 (日) 12:44 No.162
162.jpg (120KB)

では、せっかく行ったので自分も。
夕刻なので思いっ切り増感しないと撮れませんでした。


[7] 名前:東博君★ :2007/12/09 (日) 12:46 No.163
163.jpg (97KB)

梯子の先あたりまで金網があった筈なのですが・・・
煙突自体は特に老朽化しているよいには見えません。

ISO1600+D-ライティング



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